隊員レベルは、全員知らなかった。知っているのは、本人と、迅と、上層部だけだった。上層部は世論を恐れて、真相を隠蔽した。それが事の発端だった。

遊真は程なくして訪れるその瞬間に打ち震えた。知りたかったこと、そして、知ってはいけないであろうこと。それらが与えられる瞬間が、もう目の前だ。

「……そうだね、どこから話せばいいのか、」

遊真が座面をはたくこともせずに腰を下ろしたと同時に、彼女は口を開いた。
彼女の声は悲壮感に満ちて、悔恨を滲ませている。それなのに酷く渇いてもいた。複雑性が同居した声だ。遊真は電気が点いているのに薄暗く感じる一室で、机の上でわずかに震える彼女の拳を見つめた。
暗い、沈んだ眼差しが遊真の後ろの天井の角にぼんやりと注がれる。なまえの唇はほとんど色をなくして、顔色も心なしか青白い。

「……なまえ、俺でいいのか?」

ふ、と、彼女はほんのわずか目を見開いて、遊真を見つめた。そこには、『今更なにを』とでも言いたげな色が浮かんでいる。途端に遊真は少し居心地が悪くなって、一度だけ視線を泳がせた。そうして、意を決して真っ直ぐに彼女の黒い瞳を見つめ返す。今度は彼女が不機嫌そうに、居心地悪そうに眉を顰めて、視線を逸らした。

「……たぶん、空閑がいいんだと思う」

自分を信じていない口ぶりの彼女が、ため息に載せた。

「…………私は当時、弧月のほかに、サブトリガーとしてハンドガンのアステロイドもセットしていた」

自分の過去の行動を、恐らくこれまで何度もなんども繰り返し整理し続けていたのだろうと推測できるような語り口だ。
遊真が姿勢を正したら、椅子の背もたれがぎしりと音を立てた。静かな室内にその音は思いのほか響いて、遊真は少しだけ背筋に嫌な汗をかいた。

「遮蔽物の間に敵が見えた。距離があった。だからアステロイドを使った。……そこには避難が遅れた一般市民がいた。アステロイドが市民に当たった。その人は気絶した」

その直後、コンクリートに倒れこもうとする体に焦って駆け寄ったなまえの目前で、気絶した市民に振り下ろされた、容赦のない一撃を想像する。
太刀川の証言が、遊真の脳裏に映像としてはっきりと浮かんだ。

「人の首が飛んだ。血しぶきで視界が真っ赤に染まった。…………あの人を殺したのはトリオン兵じゃない。私だ」

なまえははっきりと言った。遊真は、彼女に与える言葉を持たなかった。何を言っても慰めにはならないことを、本能的に理解していた。彼女が抱え込んだものの大きさを想像するしかない遊真は、かつて自分がいた戦場の陰惨さを思い浮かべて、どうにか自分の中の彼女を支えようと試みる。

遊真が感じていた違和感は、正しかった。そしてようやく、遊真に真実が与えられた。
恐らく、遊真しか理解できない真実だっただろう。戦場の現実を知っているのは、本当の意味で、このボーダー本部内で遊真だけなのだ。
それを彼女は、なまえは知っていた。だから、遊真にだけ心の奥底に沈めてきた真実をさらけ出す覚悟を決めた。

「遺族は、私を責めなかった。真相を知らなかったからだ。それどころか、助けようとしてくれてありがとうと頭を下げてきた。これからも市民を助けてくださいと言われた。……私は、ボーダーから降りることができなくなった」

なまえが心の内を初めて打ち明けた時のことを思い出す。その時の言葉に、遊真は嘘を感じなかった。確かに嘘ではなかった。あの時遊真に告げられたボーダーに残っている理由の、そのもともとの根源は、恐らく上層部と彼女との間で密約が結ばれたのだ。なまえは自分の罪を暴露する機会を失った。一度機会を失ったら、その後も機会を取り戻すことは出来なかった。

「……それが、真相か」
「そう」

なまえは生きながら死んでいるのだ。生きたいと思ってるのかと遊真が問うた時、そうだと答えた彼女の言葉に嘘はなかった。死にたいとは思っていなかったからだろう。それでも本当はボーダーを辞めてしまいたかったに違いない、と遊真は思った。自分の不手際で一般市民を死に至らしめた罪は重い。それを彼女はよく理解している。本来であれば、何かしらの裁きが必要だった。でも、周囲は彼女を、組織を庇うことを選んだ。彼女の感情は置いていかれた。

「なまえは、さばかれたかったんだ」
「…………そうだね」

彼女に、糾弾される覚悟があったのかはわからない。けれど何も無かったかのように振る舞うことは出来なかった。そして恐らく、上層部は彼女がボーダーを辞めることを良しとしなかったはずだ。機密の張本人を一般人にしてしまえば、自分たちの目の届かない場所に置いてしまえば、罪の露呈を恐れる日々が続く。更に今度は、罪の隠蔽という罪も、彼女に背負わせることになった。

「だから、迅さんは何もいわなかった」
「……」

遊真がここに行き着くまでになまえに関する情報を嗅ぎ回っていたことを知っていた彼女は、ぼんやりとタバコをくわえた。右手で100円のライターをもてあそび、結局火をつけることなくテーブルの上に放り投げた。

「何かを話したら、きっと空閑に嘘だってことがバレるから」
「たぶんそういうことだ」

遊真はほんの少しの憤りを込めて、嘲笑するように口角を上げた。彼女に背負わせたものの罪深さと大きさを、上層部は心底理解しているのか。理解していないとすれば浅はかにも程があるし、理解しているとすれば惨すぎる。だが一方で、遊真はその政治的思考を理解出来ないでもなかった。

椅子の上で、なまえが膝を抱えて、両膝に額を埋めた。遊真は彼女の罪を思う。
太刀川が聞いた『わたしが』の後に続く言葉は、『殺した』だったのだ。




死んでしまった神様へ
4-2







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