出会いから、彼女に起きた事件と、それを踏まえた彼女の心中の証言を順に考える。遊真は何かに引っかかっている。しかしそれが何なのかは、わからないでいる。

遊真が彼女について知っていることは少ない。陰った眼差し、他者を拒絶する行動、感情を表に出さない表情、淡々とした口調、まぶたを伏せて視線を隠す癖、目の前で市民が死んで血まみれになった経験が彼女の生き方に影を落としている事は明白だ。肩までの黒髪はつやつやとしているが、束ねられることもなく無造作に放っておかれている。いつもエンジニアに支給されている隊服を身につけ、背筋を伸ばして、ぼんやりとした視線を逸らす。何かをまっすぐに見つめるということを、意図して避けているように思える。たぶん遊真が知っていることは、それくらいだ。

*

「たちかわさん」

ランク戦の会場で、遊真ははっきりとした声で目の前の大きな背中に呼びかける。呼ばれた方の肩は、びくりと跳ねた。

「……よ、空閑」

遊真を振り向いたその表情からは、はっきりと焦りが感じ取れる。それもそうだろう。太刀川は、意図して遊真を避けていたはずだった。

「なんでさけてたんだ?」
「……いや、別に」

頭のいいほうでない太刀川は、自分を取り繕うこともヘタクソで、ただしどろもどろになって遊真に両手を翳す。遊真はそっと息を吐いてから、「話がある」とだけ言った。太刀川は既に観念した人の顔つきで、笑い損ねて歪んだ口元と、情けなく下がった眉尻を晒して、小さく曖昧に頷いた。

*

「…最初に言っとくが」

ふたりは無言でエレベーターと階段を使って、ボーダー本部基地の屋上へと赴いた。二人きりで話せる場所は、米屋の時のような偶然がない限り本部内にはないからだ。
屋上からは水で薄めたような水色が広がり、遠くにうっすら雲が浮かぶ。時折生ぬるい風が体にまとわりついて、額が汗ばむ。

「あの時の事は、できればあんまり思い出したくないんだ」

故に太刀川はなまえのことも避けているのだと補足した。忌まわしい記憶と、事件から変わってしまったであろう彼女を直視できずに逃げた太刀川が、遊真の背中に声を張った。
遊真はポケットに両手を突っ込んだ体勢で太刀川を振り向き、先を促すように頷いた。迅とは違って自分が知っていることを伝えようとする意思を感じたから、取り立てて追い詰める必要性を感じない。

「国近から、なまえのいる地点に急げと通信が入った。なんでだって聞いたら、迅からの指示だっていうから、なにか見えたなと思って、言われた通りに移動することにした」

遊真に呼びかけられる前からずっと、太刀川は気づいていたはずだった。もしくは迅か米屋か加古か、誰かはわからないが遊真がなまえについて知りたがっていると聞いていたはずだ。そうでなければ太刀川に遊真を避ける理由はない。

「到着した時、なまえは人を抱えてた。血まみれだった。俺はモールモッドを斬ってから、なまえを呼んだ。返事はなかった」

遊真は心中で、これまでに集まった証言との整合性について考えを巡らせる。今のところおかしいところはない。

「四回くらい呼んだ。なまえがゆっくり顔をあげた。顔は血で汚れてた。顎の先から血が落ちた。なまえは、何かを言ってた」
「……なんて言ってた?」
「わたしが、とは聞こえた。あとは聞き取れなかった」

太刀川が手のひらで視界を遮った。

「なまえの腕を引っ張ったが、あいつは動かなかった。首のない、血だらけの人間を抱えて、呆然としてた」

遊真はその瞬間、自分が本当に知りたいことに気づいた。そして唐突に、なまえの陰った眼差しの罪深さが胸に去来して、驚いた。今になって気づいたことに驚いたのだ。確かに彼女の眼差しには、自分を責める色が浮かんでいた。

「そのあとは」
「……ん?」
「そのあと、どうしたんだ?」

太刀川が少し驚いた表情で、遊真を見つめ返す。

「……本部に、人が殺されたことを伝えた。すぐに回収がきた。なまえは、三輪を呼んで二人で本部に連れて帰った」
「そのあとだ」

有無を言わせない遊真の声の真摯な響きに、太刀川はなんとなく気まずくなって後ずさった。靴の裏がコンクリートに擦れて小さな音を立てた。

「その後は、なまえは医務室に運ばれて、俺は上層部に報告した。……同席してたのは、城戸司令、根付さん、鬼怒田さん、唐沢さん、あと三輪と迅」
「迅さんはいつから同席してた?」
「………俺が行った時には、もういたはずだ」

遊真の中で、何かが繋がった。繋がってしまった。誰も気づかず、意図して触れなかったはずの、なまえの暗部だ。そしてきっとそれは本部の暗部でもある。遊真は自分を疑う口ぶりで、念を押して聞いた。

「たちかわさんは、その後のことを知らない」

太刀川は、浅く、しかしはっきりと頷いた。意図的にシャットアウトされたと考える方が自然だ。

なまえの眼差しと仕草の意味、誰も触れたがらなかった事の顛末。遊真は直感した。何かが隠されている。それも、意図的に。

「あいつが、こんなことになるとは思わなかった」

太刀川が少しの沈黙を挟んでから、通信端末の画像フォルダを呼び出して、遊真に画面を翳して言った。
そこにはグラスを片手に笑うなまえと、風間と、諏訪と、木崎と、寺島も一緒に写っている。太刀川の通信端末を借りて、次の画像を呼び出す。髪の毛は一つに結ばれて、屈託なく笑っているそれは今とは正反対の快活な姿だった。



死んでしまった神様へ
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