余りに蒸し暑くて目が覚めた。
長い長い夏の夜、見上げた先のエアコンは、とっくにタイマーが切れて稼働を停止している。

ふと、視界に明るい光が飛び込んで、部屋の中に視線を巡らせる。その光源は、ベッドルームの隅のソファの上にあった。

「蒼也?」
「……ああ、起こしたか」

ソファに引っ張り込んだタオルケットを腰に掛け、うつ伏せになって通信端末を覗き込んでいた蒼也が、顔を上げて謝罪の色を含んだ声音でベッドの上の私に視線を寄越した。

「ううん。暑くて目が覚めた。蒼也、いつ帰ってきたの」
「1時間前だ」
「気づかなかった…。ベッドに来れば良かったのに」
「起こすのに忍びなかったんだ」

寝る直前にサイドボードに放り投げたエアコンのリモコンを手にとって、冷房のスイッチを入れる。蒼也がのそりと起き上がって、タオルケットをソファの上に投げた。

「こんな時間までお疲れ様」
「ああ」

普段表情のほとんんど変わらない蒼也が、少し疲れた眼差しでベッドの上に乗り上げた。窓からは月明かりが差し込んで、輪郭をはっきりと映し出す。

「暑いな」

ほんのり汗ばんだ蒼也の腕が、当たり前のように私の頭の下に差し入れられた。頬を擦り寄せた胸元からは清潔な香りがして、額に当たった髪の毛が少し湿っている。

視線だけでサイドボードの時計を見れば、それはちょうど深夜2時を指し示している。

「暑いけど、今度はぐっすり寝れそう」
「すぐ冷房も効く」
「……どんなに暑くても、蒼也と一緒にいると安心して眠くなっちゃう」

ぼんやりしてきた意識の中で、低く、一度喉を鳴らして笑う声が響く。

「俺も なまえのそばがいい」
「……ん」
「だから、遅くなってもここに帰ってくる」
「…うん」

温かい手のひらが、私の後頭部をそっと撫でる感覚が余りにも心地いい。室内の温度はゆっくりと下がって、時折窓の外からは虫の音が聞こえる。穏やかな夏の夜だ。

戦いの場に身を置くこの人と、同じ大学という共通点を持つだけの一般人である私。その二人が同じ気持ちで同じ時間を共有できるのは、こんな時くらいのものだ。

すん、と鼻を鳴らしたら、冷房が効きすぎているのかと心配したらしい蒼也が少し体を起こして、リモコンを手に取って何やら操作した。

「……蒼也とは、世界が違うよね」

なんとなしに、蒼也の胸元で口にする。ぼんやりとしてきた頭の中、きっと声に出たそれは本音だっただろう。それでも、それでも蒼也は怒るでも悲しむでもなく、いつも通りに淡々と、抑揚なく、口を開くのだ。

「同じだ。……なまえと俺は、いつも同じ世界にいる」

共有できるものは、きっとあまりにも少ない。少ないからこそ、互いに無いものを求め合うことが出来る、はずだ。

ぎゅうと擦り寄って、ほんのちょっとだけ、ほとんど意識が遠ざかった思考の中で、蒼也のTシャツで涙を拭った。

「ちゃんと、帰ってきて、ね」
「当たり前だ」

虫の音が遠く遠く聞こえる。
蒼也の胸の中、私はようやく、眠りに落ちた。



導 しるべ







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