遊真は、それまでに集まった、本人を含めて四つの証言を脳裏で整理していた。しかしいくら考えても、なまえへの執着の理由も、なまえが抱え込んだものの大きさとその理由も、自分自身で納得できる答えは得られなかった。

川の真ん中に建つ玉狛支部の屋上で、縁に座って水が流れる音を聞きながら、遊真は背後の扉が開く音を聞いて頭をめぐらした。そこには迅がいた。

「迅さん」
「よう」

迅は迷いのない足取りで、遊真がいるところまでゆっくりと歩いてきた。両手にマグカップが一つずつ。風に当たって前髪を揺らす遊真に、迅はマグカップの一つを手渡して、足取りとは打って変わった慎重な口ぶりで、そっと遊真の行動を咎めた。

「なまえについて、話を聞いて回ってるのか」
「うん。……どうしても気になってね」
「聞いて気分が良くなる話じゃない」

迅は断定する口ぶりで、マグカップに口をつけた。水が流れる音が辺りを支配する。遊真は、迅が何も教えてくれないことを悟った。しかしその理由に心当たりはなかったから、ダメ元で訊ねた。

「迅さんは、なまえに何が起こるのか、はっきりとわかってた」
「……そうだな」
「何が見えたんだ?」

迅は遊真の方を見なかった。厳しい眼差しで、唇を結んだ。辺りはすっかり夜になっていて、暗い空に星がまばらに光っている。街の方にはたくさんの灯りが輝いている。遊真は、自分たちのいる場所と活気のある灯りとを隔てるものについて、ぼんやりと考えを巡らせた。

「…………俺から言える事は何も無い」

遊真は瞬時に、「言える事は何も無い」という言葉に含まれた嘘を見抜いた。責める視線でじっと迅を見つめるが、迅は繰り返した。

「何も言えない」

微妙な言葉の違いだったが、今度は嘘はなかった。迅は何か重大なことを知っていて、それを誰にも言うつもりがないのだということが分かった。

「隠さないといけないことがあったのか?」
「言えない」

迅の意思は硬いようだった。遊真は内心で太刀川への接触を決め、ほんの少しだけ話題を変えた。

「なまえはどんな戦闘員だったんだ?」

迅が視線を夜空に巡らせて、右手の指先を顎に当てて低く唸った。

「可もなく不可もなくって印象だ」

遊真は寺島の証言に基づいて、迅の言葉に補足した。

「トリオンも戦闘力も、別に誰の目にも止まらないくらい、ごく普通の戦闘員」

迅はその通りだと示すように頷いた。

「家族は?」
「両親がいるってことは知ってる。ふたりとも北海道に引っ越したと言ってた」

それを言ったのはなまえ本人だろうと遊真は漠然と思う。今の彼女からは想像出来なかったから、恐らく彼女がそれを口にしたのは忌まわしい事件が起きる前だったはずだ。

「どうしてなまえはボーダーに?」
「正確なことはわからないな。新入隊員に片っ端から入隊理由を聞いて回るわけじゃないから」

迅の口ぶりは少し滑らかになった。昔を懐かしむ響きで、ようやく口元に笑みを浮かべた迅が、息を吐いて遊真の目を見た。

「あいつが戦う事は、もうこれから二度とない」

遊真がその言葉の意味をはっきりと理解するより前に、迅は遊真に背を向けた。その背中には、これ以上の追求から逃れようとする明確な意思を感じた。



死んでしまった神様へ
3-1







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