仕事を終えて屋敷に帰る。車は大破。敵も大破。木っ端微塵。あたしは無傷。車捨ててよかった。
アクセルに細工を施した車は一直線に走り去る。運転手がいないことに気づかないバカな敵も一直線に追いかける。
夜の闇に呟いた「バカばっか」というあたしの声は車2台分の追突音に掻き消された。
「ただいま」
ホールは薄暗く、誰もいない。かと思ったら応接ソファに寝転ぶ人間の形を辛うじて確認することができた。
夜の街を歩いて帰ってきたため目が暗闇に慣れている。暗闇を歩いて外見も中身も仕事内容も真っ黒のヴァリアーの屋敷に帰るなんて、お似合いじゃないか。
カツカツと踵を鳴らしながらソファへと向かう。爪先に何かが当たって下を見れば、ソファを囲むようにナイスがいくつか突き刺さっていた。…これは…。視線をずらせば少しだけ血のついたブランケットが丸まっているのがわかる。ソファで寝こける彼はベルフェゴール。……心優しいメイドさんが生きてることを祈ろう。
なんとも平和な寝息を立てるベルフェゴール。足元のナイフは見ないことにして、汚れひとつないあたしのコートを掛ける。よほど疲れているのか、はたまたよほどあたしを信頼しているのか、ベルフェゴールは起きる気配が全くない。
蝋燭のおぼつかない灯りの下でも分かるほどなんとも暢気な寝顔に、一瞬鼻でもつまんでやろうかと思ったけどやめた。起こした後が面倒だ。帰りに寄り道して買ったケーキのボックス。今日は涼しいから悪くはならないだろう。ソファの足元にその白い箱を置いて踵を返した。さっさとあたしも寝よう。明日も早い。
背後からは相変わらず平和な寝息が響く。
脆弱な闇が子守唄
「…なんで起こさねーの」
「気持ち良さそうに寝てたから」
「折角お前のこと待っててやったのに」
「お礼にケーキ置いといたでしょ」
「…捨てた」
「ほっぺに生クリームついてるよ」
「………」
「………」
「お帰り。王子ちょー優しい」
「はいはい」