「……ところで、なんで空閑が出席してたの?」

ゆっくりとまぶたを持ち上げたなまえが、テーブルに視線を落とす。珍しいことに、彼女は心の内を打ち明けたばかりか部屋から出ていこうともせずに、遊真に問いかけた。

「オサムが熱を出したからかわりに」

遊真は率直に言うと嬉しくなって、ちょっと調子に乗って自分が座る隣を二回叩いた。なまえは三分くらい逡巡してから、更に珍しいことに、そっと遊真の隣に腰を下ろした。それを信じられない眼差しで見守っていたのは、遊真の方だ。向かい側の寺島が、なんでもないことのようにグラスに口をつけている。

「そう」

それでも彼女の表情は相変わらずの無愛想だし、口調も素っ気ないものだった。興味を持って聞いたわけではなく、ただ疑問に思っただけだったのだろう。遊真は隣に座る、自分とは違う体の線を持つなまえを、横目で盗み見る。

「…………」
「…………」

一瞬の静寂が室内を覆った。遠くに空調の低い音が聞こえる。遊真は短く息を吐いて、テーブルからグラスを取り上げた。

「珍しいな」

なんでもない顔をしていたが、内心では驚いていたのだろう。沈黙に耐えられなかったのか、寺島が口を開く。それは遊真がついうっかり口にしそうになった言葉だったから、便乗してそっと彼女の方に体を向けた。

「......私にも、時々誰かに心の内を知って欲しいと思う時がある」

切実な響きが混じった声色だった。遊真は、さっきまでのざわざわとした室内をすっかりと記憶の隅に追いやって、ジュースを一口飲み込んだ。


今日はB級チームの隊長だけを集めた新型のオプショントリガーの概要説明が行われる日だった。本部開発室が主導した今回の集まりは、既にそれぞれの戦法を確立しているA級隊員よりむしろ、戦い方を模索しているチームをターゲットにしていた。そのことは集まりの冒頭で寺島から簡単な説明があったから、遊真は何も不思議に思っていない。


遊真は心の内、という言葉と、なまえの陰った眼差しを重ね合わせた。そこには恐らく、遊真がよく知る虚無があった。蘇った記憶の中でその眼差しを湛えていたのは、劣勢の中でこちらに向かってくる敵兵だ。その時自陣のひとりが口にした単語がフラッシュバックする。『死の行軍だ』。けれどいま目の前にいるなまえは、生きていたいと思っている。そのことが、遊真の心をいくらか和らげた。

「戦闘に身を投じる覚悟が足りなかったと言われれば、そうなのかもしれない」

視界の隅で、寺島が僅かに居心地悪そうに居住いを正した。肉付きのいい寺島の体をすっぽりと受け止めるソファが、ぎしりと鳴いた。その音が室内に響く。

「後悔してるのか?」
「後悔してる」

目の前で喪った他人の命に、長く悔恨を滲ませる彼女の率直な胸の内に、遊真の心が締め付けられた。
彼女は何かを断念している人の声で、ほっそりとした指を折って拳を握っては開いてを何度か繰り返した。

「エンジニアになって、少しは落ち着いたか」

本心を探るように、寺島が努めて穏やかに問いかける。なまえはようやく寺島と目を合わせて、「そうだね」と、ほとんど投げやりのような返事をした。

「本音を言っていいなら」

オレンジジュースで喉を湿らせた遊真が、グラスをテーブルに置いた。思いのほか強くテーブルに置いたせいで、ぶつかる音が高く響いた。彼女の黒い瞳が、遊真の瞳を捉えた。

「なまえと戦ってみたかったな」

遊真の素直な本音に、その時はじめて、なまえは遊真に微笑んだ。その微笑みに遊真の心臓は一度体内で爆発した気がしたが、遊真は彼女から目を逸らせない。彼女の眼差しは相変わらず暗かったが、恐らく本来の輝きをほんの僅かかき集めた瞳が細められて、彼女はまたまぶたを伏せた。

「うれしい」

時々まぶたを伏せて視線を隠すのは、きっとなまえの癖なのだろう。遊真は自分にそう結論づけて、グラスの中身を一息に呷った。彼女はそれを見届けるようにしてソファから立ち上がり、「仕事に戻る」と言って、あっさり部屋を出ていった。

閉じられたドアの内側で、寺島と遊真は、二人同時に長い長い息を吐いた。その時ようやく、遊真は自分が緊張していたことを知った。



死んでしまった神様へ
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