「悪かったな、無愛想だっただろ」

開発室内の一室でテーブルを囲んでいたうちの、影浦と柿崎に遊真は手を振った。ふたりは正反対の反応をしてから、部屋を出ていった。更に何人かのB級チーム隊長がぞろぞろと部屋を後にする。遊真はぼんやりと寺島に言われた言葉を反芻して、「いやいや、べつに気にしてない」と答えた。

「異動してきてからずっとなんだ」
「目の前で人がしんだんだ、そういうこともある」

既になまえはその場所からさっさと退散していた。遊真は、説明が一通り終わって全員が顔を上げた瞬間の、彼女の不機嫌そうに曇った表情を思い浮かべる。

「なまえに興味を持つとは思わなかったよ」
「おれもおもわなかった」

心底不思議そうに言い放った遊真に、寺島が声を出さずに笑った。そしてすぐに生真面目な顔になって、テーブルの上から拾い上げた設計書の角を揃えてクリアファイルに突っ込んだ。

「一瞬で心が壊れちまったんだと思う」

そういうこともある、と遊真は思った。戦争が日常だったかつての居場所にも、心が壊れた人間はたくさんいた。その原因は例えば最愛の家族を亡くしたり、敵兵に盾にされた幼い兵士を手ずから殺したり、死ぬ寸前の敵兵に酷い恨み言をぶつけられたりしたことだ。彼らの心が弱いんじゃなく、おれたちの心がおかしかったのではないか、そう遊真が気付いたのは、三門市で仲間を得てからしばらくしてからのことだった。

「それでもなまえはボーダーに残ってる。なんでだ?」

寺島が息を吐いて、二人の他に誰もいなくなった室内で、革張りの黒いソファに腰を下ろした。視線で向かい側のソファを示された遊真は、素直にそこに座ることにした。

「……元々、上層部はなまえが大学を卒業したらエンジニアとして迎え入れるつもりだったんだ。なまえもそれを承知してた。トリオン量が多いわけでもなかったし、戦闘能力が特別秀でてたわけでもなかったから、その判断は別におかしいことじゃない」
「そうだな」

エネドラッドからの情報収集のために何度か開発室を訪れたことのある遊真は寺島と、割と砕けてある程度内情に踏み入った話ができるほどになっていた。寺島が少し言葉を選びながら続ける。

「内々に内定が出てた。俺にも通達があった。でも、卒業する前になまえは心が壊れて、結局大学を中退せざるを得なくなった」

寺島の言葉にところどころ理解が及ばない単語が出てきたが、遊真は口を挟まずにじっと耳を澄ませる。声の響きから、彼女が抱えこんでいるものと、あの眼差しに思い当たって、唇を結ぶ。

「それならよけいに、ボーダーをやめた方が良かったんじゃないか?」

ガチャリ、扉が開いて、相変わらずの無表情でなまえが部屋に入ってきた。手にはオレンジジュースらしき飲み物が注がれたグラスが二つ並んだトレイがある。

「壁が薄いから話す内容には気をつけて」

今まさに内情に踏み込まれている張本人である彼女は、特段なんの感情も込めずに言い放って、テーブルの上にグラスを置いた。

「悪い」

寺島の謝罪は、内情を口にしたことを詫びるようにも、単に飲み物を持ってきた心遣いに対するもののようにも聞こえる。

「…………悪夢に魘されても、寝付けない夜が続いても、フラッシュバックに嘔吐しても、それでもメシを食って生きなきゃいけない。生きるのには金がかかる。大学で工学を専攻してたから、技術職でなら食っていける。幸いにもここなら融通がきく、内定も出てた。だから残ることにした」

グラスを二つテーブルに置いたなまえが、背筋を伸ばして、ふたりに言った。それはとても端的だった。そしてウソは一つもなかった。そのことに遊真はびっくりして、目の前のグラスに伸ばした指先が汗をかいたグラスの側面を引っ掻いた。

「……つまり、なまえは生きていたいと思ってるのか」
「そうだね」

戦場で心が壊れた奴は、大体みんな戦場で死んでいった。そのことを実感として知っている遊真はまた驚いて、手を引っ込めてなまえの顔を見上げた。

彼女は遊真の方をちらとも見ずに、ぼんやりとした眼差しを壁に向けて、それからまぶたを伏せた。黒いまつ毛が、下瞼にうっすらと影を落とした。



死んでしまった神様へ
1-2









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -