なまえはそっと、周囲に気づかれないよう視線を逃す。
その様に遊真は何も感じないでもなかったが、とくべつ咎めることではなかったから、赤い瞳で一瞥するだけで一方的に赦した。

「エンジニアも悪くないだろ」

本部開発室のチーフエンジニアである寺島が、自分の背後に立っているなまえに声を掛けた。なまえは一瞬反応が遅れたが、すぐにそれが自分に向けられたものだと気づいて「そうだね」と素っ気ない返事を寄越した。

「戦闘員だったのか?」

遊真は思考することなく、反射的に口にした。次いで、彼女の手元に収まる紙に目をやった。なまえは遊真の視線に気づき、寺島と遊真とを目だけで見比べる。遊真が誰に対して問いかけているのかわからず、ほんの少し眉根を寄せて、遊真の赤い瞳を見つめた。

「戦闘員だったのか?」

遊真はもう一度、今度はきちんと彼女の目を見て言った。彼女は一度目を伏せた後、声を出さずに浅く頷いた。その拍子に、耳にかかっていた黒髪がさらりと肩に落ちた。

「アタッカーだった」

言葉のないなまえに痺れを切らしたのか、寺島が答える。そんなことは既に知っているらしいほかの面々はさして興味のあるそぶりも見せずに、全員の真ん中に鎮座する長方形のテーブルの、新しいオプショントリガーの設計書を覗き込んでいる。

「ほう」

なまえは困ったような表情も憤るような表情も見せず、ただ無関心を貫いた。まるで自分の話題なんて一度も出なかったかのように、寺島の後で再び視線を逸らした。

「目の前で市民が死んで、戦えなくなったんだ」

寺島は遊真の思考を先読みして、さっさと補足する。本題に戻ろうという圧力を感じたが、遊真は腕を組んでうーんと唸った。
遊真は、なまえの眼差しに記憶がある。正確には、記憶の中のその視線はなまえのものではなかった。虚無に取り憑かれた濁った眼差しに感じる。ふと、いくつかの視線が自分に向いていることに気付いて、周囲を見渡した。

「遊真先輩はどう思う?」

遊真の隣に立つ緑川が、テーブルに両手をついて設計図を真っ直ぐ見つめながら言った。新しいオプショントリガーの説明は一通り終わっていて、遊真もその概要をきちんと理解していた。

「俺はいいと思うぞ。手持ちの札が多くてこまる事は、まあ、あんまりない」

自分に注がれていた視線が、一気に霧散した。全ての視線は再び設計図に注がれる。集められた面々が沈黙するのを見るに、自分だったらどういう場面で使うのか、思案しているのだろうと思った。遊真も周囲に倣って設計図を見下ろす。コンピューターで打ち込まれた文字の羅列は、当たり前に漢字を使って綴られていて、遊真にはよくわからない。

「なまえ、」

寺島が彼女の名前を口にした。名前を呼ばれたなまえは、手元の紙を一枚、追加でテーブルの上に並べた。全員がそちらに視線をやった。

「こっちはまだ構想段階なんだけど、一応」

軽く付け足した寺島が、もう一つの新型オプショントリガーの概要を説明する。全員が耳を傾けて、また思案する顔つきになった。いくつか質問が上がった。その内の二つにだけ、寺島に促されたなまえが少ない口数で淡々と答えた。

新型オプショントリガーの反応は上々だった。同席していた二宮は、うちでは使わないが、と前置きした上で、必要な人間はいるはずだと締め括った。



死んでしまった神様へ
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