♪ ほんに心もしらおうぎ
いつか首尾してあおぼねの
ゆるぐまいとの要のちぎり
「また長唄ですかィ」
「…あら、いらっしゃい」
三味線を爪弾いていた指先をとめて、今しがた声をかけてきた青年を見やる。
黒の装束をまとう彼はその風貌ににつかわしくなく、真選組に属するのだと言った。
「練習中でしたかィ?」
「いいえ、ほんの指先の慰めに」
「続き、唄ってくれィ」
町中で出逢う彼は年より幼く見えると言うのになんてこと、夜に会えば年相応以上の空気を纏う。
♪ かたく締緒の縁結び
神を頼むの
誓いごと
濡れて色増す 花の雨
「そういやぁアンタの十八番は藤娘じゃなかったですかィ?」
「よく覚えているのね…」
「アンタの唄は俗世を忘れさせる」
♪ 空もかすみの夕照りに
名残惜しみて
帰る雁金
「ここで藤娘かィ」
「丁度いいでしょう」
「…確かに、俺のことか」
青年は夜が嫌いなのだと言う。置いていってしまったもの、もう二度と手に入らぬものに想い馳せるのは嫌なのだと。
彼は自らの生まれた日にさえ、仲間を放ってここへ来た。
「…聞かねーのかィ」
「何を?」
「…なんで俺がここへ来たのか」
「つまらぬ長唄が恋しくなったのでしょう」
「…そういうことにしといてやらァ」
色素の薄い青年。薄赤い瞳を細めて見つめるのは私ではない。
「…あの人も、俺をそんな優しい目で見てた」
それきりパタリと布団の上に寝転んだ姿。腕で隠した目元から、静かに一筋涙が伝う。
♪ 宵は待ち
そして恨みて暁の
別れの鶏と皆人の
憎まれ口な
あれ啼くわいな
聞かせともなき耳に手を
鐘は上野か浅草か
あぁどうかこの青年は、朝の鐘が鳴り響いて普段の姿を取り戻してくれるよう。
お誕生日、おめでとう。
宵は待ち
私は代わりにはなれない