頭の中がぼんやりして、心臓が熱い。なのに目の奥は冷えきって、頭が痛い。

目の前の少年は、部屋に入ってきた時に欲しいと口にした写真を真っ直ぐに見つめて、それでも何も口にしようとはしなかった。


「遊真は、それをずっと言わないといけないって、思ってた?」

「……ああ」

「でも、言えなかったの?」

「言わなければなまえと一緒にいられるんじゃないかと思ったんだ。でも、言わないとフェアじゃない」


少年は少年なりに葛藤して、それでも結果的に欲に負けた格好だ。言ってしまったら最後、一緒にいられないと察した上での土産のようなものだったのかもしれない。
本人にそのつもりがあったのかは定かではないけど、それはとても子供らしくて、何故だか心に安堵が押し寄せる。

言わずに去ることも出来たのに、それをしなかったのは少年も離れ難かったからだと、そんな風に自分を慰めてみる。

結局のところ、私の頭は事態に追いついていないのだ。
たぶん最初から追いついていなかった。
少年が何故だか私を見初めて、会いに来て、強気で接して、好きだと口にして、そして私を抱いたこと。それら全部、私の頭はまるで他人事のように思っていた。


「遊真、もう一度聞かせて」


それでも私は少年の手を振り払えなかった。背を向けることができなかった。離れ難いと感じてしまった。きっと、……好きになってしまった。坂道を転がり落ちるように、意志の強い眼差しで挑戦的に見つめられる度に、じりじりと心臓が焦げてつくように、心を揺らしてしまったのだ。


「……ん」

「遊真は、私のどこを好きになったの」


少年がソファから立ち上がり、革張りのそれがぎしりと鳴く。ソファに掛け直したカバーの裾が弾みで外れて、なんとなしにカバーを掛け直すために腕を伸ばす。

少年はテレビの方へ足を進めて、写真立てを手に取った。親指で撫でたのは、きっと笑顔でピースサインをする私だったのだろう。


「道を聞いたとき、なまえは笑顔だった」

「うん」


そうだったっけ?と思い出しながら、少年を邪魔しないようにそっと息を吐く。


「困った顔をしながら端末にちずを出して、手帳のページをやぶって書き込んでくれた」

「うん」


それは覚えてる。下敷きにするものがなかったからすごく歪な地図を書いて、多色ペンを使ってぐりぐりと書き込んだ記憶がある。メガネの少年と小柄な少女はそれを見ながら、とても申し訳なさそうな顔をしていた。この少年は、どんな表情をしていただろうか。


「何を聞いても笑ってこたえてくれて、俺たちをめいわくに思うそぶりがなくて、それがすごくうれしかった」

「……うん」


少年が写真立てを裏返しにして、カバーを取り外す。そうして写真をぺらりと取り出しても、私はそれを咎める気にならず、ただ持って帰るのかな、とだけ思う。


「……それだけだ。それがなんでか引っかかって気になって会いに行った。会いに行ったら、さわりたくなった。……それをとりまる先輩は、ひとめぼれって言ってたよ」


少年を取り巻く何人かの名前。それはきっと学校ではなくボーダーの関係者だったんだろう。

いつ死に至るかわからない少年が、そうと知りつつ私を手放せなかったという事実。
打ちのめされるほかなかった。理解が及ばず、私は何度も何度も頭の中で、少年が好きだと言った自分の笑顔をシミュレーションする。

私はきっと耐えられないだろう。何に?……心を預けてしまえば、失うことに耐えられない。


「遊真、……ぜんぶ、夢だったと思って」


写真のなくなった写真立てをテレビの横に戻した少年が、写真をじっと見つめた後、二つに折って制服のポケットに閉じ込めた。
大切そうにそっとポケットの外から写真に手を当てる少年の横顔が、わずかに歪んでいる。その表情からは、感情は読み取れない。


「…………それしか、方法はないのか」


硬い声で絞り出した少年は、一度目を瞑って息を吐いた。

真っ直ぐに私を見つめる赤い瞳、躊躇いなく差し出される手のひら、挑戦的な行動、わかりやすく示される好意。離れ難い、手放し難い。それでも、私が少年を望んでも、その時が否応なく訪れる。


「……私は、強くないから」

「…俺を好きだとおもってくれててもか」

「…………だからこそ、耐えられない」


少年に触れられた体のあちこちが痛む。熱いのに冷えきって、風邪をひきそうだ。無意識にソファの上で膝を抱えて、つま先を両手で包んだ。つま先は冷え切っている。

少年の言葉への返答は、そのまま自分自身への解になった。
好きだとはっきり認めてしまった、受け入れてしまった。わかっているのに、そんなことは些細に思った。


「なまえ、」

「…うん」

「はっきり言ってくれ」


私が好きになった、意思の強い声色だ。

大きく、静かに深呼吸をする。喉が狭くなって、息苦しい。


「…好きになってくれて、ありがとう。私も、好きだよ」

「……ん」

「だから、もう会わない」


少年は最後まで、私の目を見なかった。

一度頷いて、少し名残惜しそうに部屋の中をぐるりと見渡して、それから、別れの挨拶のように私の唇に柔らかな唇を押し付けて、背を向けた。


目の前で閉じたドアに、手を伸ばす。

さっきまで確かに掴んでいたはずのものは、一体なんだったのだろう。





よろしい、ならば 裁定








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