「ゆ、ま、もうちょっと、ゆっくり」


とてもとても、久しぶりのことだった。他人に体を開くというのは、こんなに心がヒリヒリとするものだっただろうか。

それでも少年は動きを止めない。結合部からは粘着質な水音が絶え間なく鼓膜を揺らして、体の芯をどろどろに溶かしていく。


「…なまえ、ごめん」


少年の眉間の皺から鼻筋に、つうと汗が伝う。それがたまらなくきれいで、少年による律動で揺れる視界の中、少年の頬に手のひらを当てた。
くすぐったそうに目を細めた少年が手のひらに擦り寄って、そして私の手首をそっと掴む。


「どうしたの」

「本当はずっとこうやってたいけど、もうだめだ」


そう言うなり、少年は身を起こして私の膝頭を掴んで左右に開いた。中心から鈍い甘い痛みが脳を痺れさせていくようだ。
少年が腰を引いて、穿つように腰を進める。がくんと揺さぶられて正体が不明になりそうになりながら、私は必死に膝頭をつかむ少年の手に指を伸ばすしかできない。

あたりには、ソファが軋む音と、少年の荒い息遣いと、私の跳ねるような声だけが響いている。


*


ぐしゃぐしゃの頭でまぶたを開けた時、目の前には記憶よりさらに幼いあどけない顔があった。そのまぶたは閉じられて、唇からは規則正しい息が聞こえる。

私の肩に伸し掛る腕を少し持ち上げて、体をわずかに起こした。壁時計を見上げれば、それは家に入ってきてから3時間が経過していることを告げていた。


「ゆ、ま」


名前を呼ぼうと思ったのに、喉がからからに乾いてかさついた声しか絞り出せない。
それでも少年は『むう』とうなるような声をあげ、そして目を覚ました。


「なまえ」

「……よく、ねむれた?」

「ふむ、……気分がいいものだな」


おどけて笑った少年が、目の前にあった私の胸元にその額を埋める。
ふわふわの髪の毛がくすぐったくて身をよじれば、少年は殊更嬉しそうに私の背中に腕を回した。


「……ヘタじゃなかったか?」

「……どうだろう、久しぶりだったから、よくわからない」


理性はたしかに残っていた。
それでも思い出すのは、劣情に負けた男の匂いと、好き勝手したいという欲望がこもった眼差しと、それを必死に押さえ込もうと優しく私に触れる指先の温度だけ。

10歳も年下の男の子。こんなことが知れたら社会的に終わりだろう。
わかってはいるのに、何故だかそんなことすらもういいや、という気持ちになっている。投げやりにも似た気持ち。

それもこれも、目の前で顔を上げた少年の表情が、酷く幼げな満ち足りた笑顔をしているからだ。


「…幸せだ」

「…………うん」


裸で抱き合う2人の体には、起毛素材のソファカバーが巻きついている。寒くて引っ張り込んだのだろう。

少年は身を起こして、汗をかいたグラスを手に取って、中身を一気に飲み下した。


「……なまえはこれから、俺を怒るけんりがある」


空気が一瞬で入れ替わったような、鋭い声が私の体を固くする。

少年はグラスをテーブルの上に置いて、なめらかな体を晒してため息混じりに私を見下ろした。


「ひとつめ、俺は、近界民だ」

「…………」


驚いた。いや、驚いたというよりも合点がいったという方がもしかしたら心情的には近いかもしれない。……いや、やっぱり驚いた。

だって私が知ってる近界人は、まるで人とは似つかない形をしているし、私たちに危害を加える。なのに今私に隙を見せているこの少年からは、べつに命の危険を感じない。

それでも、言葉をあまり知らなそうだったり、見た目の幼さと中身とのアンバランスさだったりとを思うと、とても納得がいった。


「…とても、大切な話なのね」

「そうだな」


念を押すように確認して、私も体を起こす。少年にも促して、ソファの周りにボロボロと落ちる衣服を拾い集めて身につけていく。事後のピロートークにしてはなかなかにヘビーな話が続くだろうと、私の足りない脳みそはそう判断した。


「ジュース、もう少し飲む?」

「ああ」


のそのそと衣服を身につける傍らで、少年に呼びかける。少年はわずかに遠い、固い眼差しでぼんやりと端的な返事をよこした。


「……どうぞ」

「かたじけない」


これはおどけているのではなく、至極真面目なのかもしれないな、と思う。

すっかり衣服を身につけたふたりは、リビングのテーブルに並んで、テレビから垂れ流すニュースをぼんやりと見ている。
まさかその直前にいやらしいことがあったような空気は感じられない。

居住いを正して横目に少年を見たら、少年はちょうど息を吸ったところだった。


「ふたつめ、…俺はボーダーだ」

「……すごい」


素直に感嘆して声を上げたら、少年は少しだけ柔らかく笑った。

少年が笑ったことにホッとして私の口角も上がりそうになったが、かさかさに乾いた唇がぴりっと痛んだので大人しく真一文字に結び直す。舌先で唇を舐めれば、微かに血の味がする。


「みっつめ、……俺は、」

「うん?」


少年がとても沈痛な面持ちで、私を横目にちらりと見やった。

何かを伺う眼差しだ。小さな子供が、母親に怒られるのではないかと怯えているような眼差しにも似ている。

思わず少年の頭に手のひらを載せて、優しく撫でてやった。少年は眉を悲しげに八の字にして、頭から離れた私の手のひらを握った。


「俺はいま、生身の体じゃない」

「…どういうこと?」

「生身の俺は、この指輪の中にいる」

「ボーダーの技術?それとも近界民の技術?」

「どっちかといえば近界民だな。でも、それが問題なんじゃない」


つまり私がこれまで触れ合ってきた少年は、生身の少年ではなかったということか。その結論に行き着いた瞬間、心の中に落胆と寂しさが広がった。

しかし、その後に紡がれた少年の言葉に、思考回路が停止する。


「生身の俺は致命傷を負っていて、いつ死ぬかわからない」


私は一体、どうすればよかったんだろうか。何をいえば、少年の手を離さずにいられたのだろうか。

既に離れ難いと思っていたのに、その気持ちに蓋をして気づかないふりをしていたことを、少年は気づいてそれでも触れ合いたいと望んでいたにも関わらず。





よろしい、ならば 箝口







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