「姉さん」


学校もボーダーの任務もない完全な休日を手中に収めた秀次は、朝から機嫌が良かった。

2人で布団を干して、買出しに行って、ウィンドウショッピングに引っ張り回しても、秀次は笑顔だった。


「なあに?」


機嫌がいいのは私も同じで、今日ばかりは天気も良くて気持ちよかったし、ここしばらくのふさぎこんだ気持ちを払拭して目いっぱい秀次に甘えて過ごすことにした。

気分が塞いでいた私に気づいて、秀次がわざと明るく私を誘ってくれたことに気づいたからだ。

秀次と腕を組んで街を歩いた。秀次は照れて、耳の先をほんのり赤く染めていたけど、私の腕を振り払うことはしなかった。
それがたまらなく嬉しくて、ここぞとばかりにくっついた。

気になった雑貨を指させば、「買っていくか?」と簡単に口にする秀次。娘を溺愛する父親のようだと思いついて、思わず吹き出した。秀次はそんな私を見て盛大に首をかしげて、その後私に釣られるように笑った。


「今度休日が取れたら、旅行にでも行こう」


大きな荷物は宅配を使って、秀次は左手にビニール袋を二つ、私は右手にビニール袋を一つ下げている。二人の間は小さな子供のお使いのように手がつながれて、夕日を背にして歩くコンクリートに伸びた影は幸せの形を示している。


「旅行?本当に?」


姉弟水入らずの旅行ね、と付け足そうとしたけれど、何故だか唇がうまく開かなくて、奥歯で噛み潰して飲み込んだ。


「ああ」

「海外に行ってみたいな、パスポート取らなきゃ」


現金なもので、旅行という単語にさらに浮き足立つ。今朝からなんだか心持ち落ち着かず、ずっと足元がふわふわしている。

弟に対するものとはまた違う罪悪感や妙な違和感がすっかりなりを潜めて、繋いだ手に力を込める。
秀次は繋ぐ手を拒むことなく、それでも申し訳なさそうに、私の手を柔らかく握り返した。


「国外は難しいな。……いつボーダーから招集がかかるかわからないから」

「……そっか、大変なのね」

ボーダーという単語に弱いのは、きっと私だけではないはずだ。ともすればこの街中の人が、ボーダーという単語に弱いのだろうと思う。自分たちを守るために命を張っているのだから、それも当たり前のことだ。

しかしどうやらボーダーの人たちは、自分が命を張っているとはあまり考えていないようだ。必ず生きて戻ると信じて疑わない、意志の強さがこめられた眼差し。私の脳裏に浮かぶそれは秀次のものだ。だからきっと、秀次以外の人も同じような目をしているのだろうと思う。


「そんな残念そうな顔をするな。……国内なら、どこにでも連れていってやるから」

「……ほんとう?」

「ああ」


会話だけを聞けば、それは兄と妹のそれにも思える。それでも私たちは姉で、弟で、きっとこうやって毎日を過ごしてきて、これからもこうやって毎日を過ごしていくんだろう。

瞬間、えも言われぬ不思議な黒い靄が心中に覆いかぶさって、いつものように頭痛が響いた。

耐えるように秀次の手を握る手にさらに力を込めて、足を止める。

気配を察して私の表情を窺った秀次は、今にも叫びだしそうな表情で私を呼んだ。


「姉さん、」


そう、確かに秀次は私を、いつも通りに呼んだのだ。





群青 -8-
口をあけて待つ晴天








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