防衛任務が終わったあと、風間さんと二人で缶コーヒーを片手に雑談していた時のこと。ポケットのスマホが震え、取り出したら、それは恋人からの着信を告げていた。

顔を上げて無言で風間さんに目をやれば、風間さんも視線だけで頷き、そして俺に背中を向けて歩き出した。


「もしもし?」

『慶』


耳に押し付けたスマホに呼びかけ、すぐに返ってきた怒気を含んだ声に肩を一度震わせる。反射的に辺りを見回したら、ちょうど角を曲がろうとしていた風間さんと目が合った。風間さんは俺を肩が跳ねたのを驚いたように、そして興味深げに見たあと、口元だけで薄く笑った。


「なまえ、どうしたんだ?」

『ねえ、ほんとにバカなの?』


そしてまた間髪入れずに返ってきた言葉に、若干の苛立ちを感じる。唐突な電話、唐突にバカと言われて気を良くする人間はいないだろう。例え本当にバカであってもだ。それでなくとも任務終わり、飄々と見せてはいてもその実、体は疲労している。


「なんだよ突然」

『今日0時までだよ』


なんの話だと記憶を辿るが、答えは一向にわからないままだ。任務終わりの本部。なんの気なしに柱の時計を見上げたら、針は21時半を指すところだった。


「全然わかんねえ。なんかの記念日?」

『本当のバカなのね』


最初は確かにバカなの?と疑問形だったはずだ。それが断定する形に変わり、言いようのない不安を感じ始めた。そもそも記念日なんて今までひとつもなかった。互いの誕生日は祝うが、あとは世間通りのイベントに倣って少し二人ではしゃぐだけ。

感じ始めた不安は徐々に大きくなり、無意識につばを飲む。その喉の音が聞こえたのか、電話の向こうから小さく息を吐く気配がした。ため息とも違う、何かの覚悟を決めたような雰囲気を纏う。


『これからすぐに家に来て』

「は、今から?」

『バカなのはわかった。はっきり言うね、今日の0時はレポートの提出期限だよ』


その言葉に、雷に打たれたように体が固まる。返す言葉もなく、一瞬で体中の毛穴が開いたような感覚とともに、嫌な汗が吹き出す。

次いで頭に浮かんだのは、感じの悪い中年の女教授の顔だった。教授はイヤミっぽい口調で、これまたイヤミな表情で、市民を守る立場の俺に冷ややかな視線を向けた。

そうだ、その時俺の隣には、なまえがいた。


『...毎日毎日任務があって大学での勉学を疎かにするなら、大学を辞めることも考えたらいいんじゃないかしら』

「あ、あ!?」


そうだ。俺が言われた台詞そのままの、なまえの声で我に返る。そしてその後に教授は、『他の先生方に倣って、私も特例としてレポートの提出期限を伸ばします。その期限を過ぎた場合には、単位はないものと思いなさい』と続けたのだ。

しかもバツが悪いことに、その教授の単位は既に落として、現在が二回目だ。そしてこれまた辛いことに、通年授業で必修単位なのだ。つまりわかることは、今回落としたら今度はないということ。この単位は進級条件に含まれていると、教授からの宣告のあとになまえが焦った表情と声でまくし立てていた。


「...なまえ、」

『なに』

「悪い、今からダッシュで行く」

『準備して待ってる』

「たすけて」

『わかってる。早くして』


それきりで終話してツーツーと音がするスマホにロックをかけ、ポケットに突っ込んで本部の出口に足を向ける。走り出そうと一歩踏み出したところで手に持ったままの缶に気づき、中身を一気に飲み干してゴミ箱に捨てた。


「あー、これ全力で走ったら絶対吐くな」


情けない悲鳴が響く。そして俺は胃の中のコーヒーを心配する間もなく、将来の心配をしながら全力で走り出した。

パソコンと資料を広げて俺を待っているであろうなまえを思い浮かべて、心の中で盛大に謝る。なんどもなんども謝って、脳裏の彼女へとお礼の品を考える。


「あーくそ、気持ちわるい」


それでも足を止めるわけにはいかないのだ。仮に誰かに見られていたら、どうやって言い訳しよう。




アンデッド



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6月25日にWt太刀川さん堪らんですと拍手くださった方に捧げます。







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