「こっちだ」


彼は彼女の細い腕を掴み、いとも簡単にベッドの上で壁にその背中を縫いつけた。彼女はといえば泣きそうな顔で、よくわからない言語で何やら抗議しているように見える。

その様に彼は小さく吹き出し、そっと首筋に歯を立てる。


「か、かざ」

「大丈夫だ」


下着があらわになるほど捲れあがった膝丈のスカートの裾に手をやって、彼は努めて優しく笑ってみせた。

彼女はもう逃げ場はないというのに、じりじりと背中を壁に押し付けながら、これから与えられてしまう刺激を想像しただけで、気恥ずかしさに彼から目を背けた。


「もう少し開け」


いつもと同じように、優しい柔らかい声音に似つかわしくない命令口調が、彼女の背筋を粟立たせる。

彼の幼げな風貌と、年相応以上に鋭い眼光と、柔らかい声と、有無を言わせないような口調。彼女はそれを『卑怯』と評した。曰く『騙されてしまいそうだ』。

彼は小さく笑って、『騙されてろ』と嘯いた。


「風間さん」


泣きそうに震える声が、彼の鼓膜を心地よく刺激した。二人きりの時、彼女の声が震えると、彼は途端に満ち足りた気分になる。嗜虐的な気持ちになって、つい彼女に歯を立ててしまうのも、最近の習慣の一つだ。

もちろん、ここで言う『歯を立てる』とは、比喩的な表現である。


「安心しろ、痛くはしないから」


ついで彼女は眉間にしわを寄せた。目尻にじわじわをせり上がってくる涙は堪えようもなく、彼女は唇をかんで、そらした視線の中で跳ねる短い黒髪だけを見つめている。

彼女は心中で『うそつき』と悪態をつき、そして息を吸って、1度短く呼吸を止めた。

そのタイミングを見計らっていたかのように、彼は彼女の下着を手をかけ、そして足首までそれを一気に取り去った。


「ほ、ほんとに」

「俺はいつだって本気だ」


そして、その彼女にその体勢を強いたまま、彼は体を屈め、彼女の体の中心でしっとりと濡れそぼるそこへ自らの唇を寄せた。

彼女の体がびくんと跳ねたのを、彼は柔らかい太ももを押さえることでそれ以上の反抗を押し留める。
彼女が震える手のひらで口元を抑えるのと同時、好奇心だかなんだかわからない衝動に負けて、彼が唇を寄せるそこに視線をやってしまった。

それは、彼の薄い唇から、蛇のように真っ赤な舌がちろりと、彼女のクリトリスをまさに舐めとろうとしているその瞬間だった。


「っ、あ、やあ…!」


ぼろぼろとこぼれていく涙が、顎を伝って彼女の服の胸元に染みを作っていく。普段涙を優しく拭う指先は今、彼女の足を押さえるためにその力を発揮して、彼女の涙はどんどんと溢れていくばかりである。


「…、」


ぴちゃぴちゃと、まるで子猫がミルクを必死に舐めるような音が響く。彼女は口元を押さえていた手のひらを両耳に当て、卑猥な水音から逃げようと必死に抵抗を続けた。

しかし、与えられる快楽に素直に成長しおおせた体は、時折意識の外で跳ね、震え、そして中心から更に水音を増やしていく。

彼はすっかり気を良くして、クリトリスにキスを落として、人差し指をそっと中へと挿し入れた。


「っひゃ、ぅ」


彼女は耳を両手で塞ぎ、そして瞳を固く閉じたまま、唇からは為す術なく高くかすれた嬌声をあげる。

彼は一心不乱に、彼女に与える快楽を選んでいるように見えた。中へ入れた指先を軽く曲げたり、何度か抽挿を繰り返したり、指先を曲げたまま膣口近くまで抜いてみたり、素直な体の反応を楽しみながら、太ももの陰でそっと唇を舐めた。


「なまえ、」


息をほんの少し弾ませた彼が、期待と焦りを込めた音を響かせて彼女の名前を呼ぶ。その切羽詰った響きに、彼女は恐る恐る、目を開いた。

彼女の視線が捉えたのは、唇をてらてらと濡らし、鋭い瞳の彼の姿だった。


「もう、しないで…」


彼は彼女が自分を見ていることを知って、濡れた指先を舌先で舐めとる。そのさまに彼女の顔が真っ赤に染まり、そしてまたぼろぼろと涙が溢れる。

今度、彼は指を舐めとりながら、反対の指先でそっと彼女の目尻を拭ってやった。
彼女はその優しい指先に擦り寄るようにまぶたを伏せて、熱い息を吐く。


「なまえ…ゴム、取ってくれ」

彼が急いた動作でベルトを外すのを、彼女は違う世界のことのようにぼうっと見つめた。視線に気づいた彼が顔をあげ、困ったように眉尻を下げて、ごめんと小さくつぶやく。


「え、あ、ゴム、?」

「いや、悪かった。なまえに頼むことじゃないな」


心なしか早口の彼は、普段とは全く正反対の余裕のなさと冷静さを欠いた態度で、ベッドサイドの棚に几帳面に整理された避妊具に手を伸ばす。

その指先が避妊具に届かないことを知って、ようやく事態を把握した彼女が慌ただしくその一つを手にとって、彼の顔面に差し出した。


「…なまえ」


熱い吐息に、彼は彼女の名前を乗せた。そして彼女の肩口に額を預け、首筋に唇を寄せながら、自らのボクサータイプの下着から片足を抜き取る。


「つけてくれないか」


あまりにも小さな声の珍しいおねだりに、彼女が鳩が豆でっぽうをされたような表情で瞼を何度か瞬かせる。とはいえ、彼女は避妊具をペニスに被せたことはない。

普段なら彼が、彼女がいっぱいいっぱいになって知らない間に装着しているのだ。それでなくとも彼女の初めての相手は彼であって、彼はそのことに不満を持ったことなど一度もない。


「つ、つけ、る?」

「…いや、やっぱりやめておこう」


彼は本気でない風に口元に笑みを浮かべて彼女の肩から顔をあげた。
その彼の表情に、彼女は意を決したように、それでも震える声でわかったと小さく応える。今度驚いたように目を見開いたのは、彼の方だ。

彼女は震える指先で避妊具のパッケージを開け、中から取り出したコンドームの裏と表とをくるくると裏返しながら、視線だけで彼に正しい向きを伺う。彼はそっと頷いたり首を振ったりしながら、時折彼女の指先に自らの指先を重ねて装着方法を示す。


「あって、ますか」

「合ってる。もう、いい」


正しい向きで彼のいきり立つペニスに被されたそれに彼は手のひらを当て、てっぺんを押さえながらぐいぐいと根元までコンドームを下ろした。


「なまえ、横に」


みなまで言わない彼の言葉に、彼女はいつものセックスよりも彼に余裕がないことを知った。

今日ははじめて、彼に一番恥ずかしい場所を晒して、そしてその場所を彼に与えた。彼は彼女の反応だけを求めて、それでも自制しながら好きなように快楽を与えたのだった。


「かざまさん、だきしめて」


彼の余裕のなさに、彼女はお腹のあたりがきゅうっと甘く痛んだのを感じた。
その感覚に素直に従うならば、彼女はもう、今夜これから自分に起こることを拒絶はできない。

彼がくしゃりと破顔して、彼女の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめる。

彼女は赤い瞼を閉じて、そして彼をいつでも受け入れられるよう、ゆっくりと脚を開いて彼の頬に唇を寄せた。




がんじがらめ







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