「なまえさんが病院に運ばれた。自殺未遂だそうだ」


突然呼び出されたかと思ったら、締め切った密室で風間さんが口を開いた。

姉さんによく似た、黒い長い髪がなびく様がまざまざと思い出されて、一瞬息が止まった。


「何故ですか」


理由を問う唇が震える。いつも、俺と目が合うと困ったように笑う人だった。

確かに最近、俺を見る度、何かを言いたげに、そして結局は何も言わずに、俺の肩にポンと手を置いて去っていく、様子のおかしい背中を見送ることが増えていた気がする。


「……聞きたいか」


目の前で俺から視線を背けたままの風間さんが、言外に聞かない方がいいと言っている気がする。
それでも、聞かないといけなかった。
俺となまえさんは、同じ目的を持っていたのだ。


「はい」

「"復讐を遂げても、弟は帰ってこない"」


長い黒髪が揺れる度、俺はなまえさんに抱きしめて欲しい衝動に駆られた。
非番の時に二人きりで出かけた先のカフェで、俺がいらないと言っているにもかかわらず、甘ったるいケーキを一すくい、無理やり口の中に押し込んできた悪戯な笑顔を思い出して、鼻の奥が痛む。


「"そもそも、何を以て復讐を遂げたと言えるのかわからなくなってしまった、ゲートを塞いでも、それは弟の命を奪った奴らに復讐できなくなることしか示さない。私は、そのことに気付いてしまった。もうずっと知っていたのに、目を背けていた"」

なまえさんが作ってくれたオムライスがうまかったな、と、乾いた口の中で必死にその味を蘇られそうと、唇を舐めた。
それでも、確かに俺がうまいですとわらったあの味は、蘇らない。


「そして、」

「もう、いいです」


なまえさんはきっといろいろなことを考えながら戦って、そしていろいろなものを見て、いろいろなことを、知ってしまった。

彼女に姉を重ねた俺と、俺に弟を重ねた彼女は、似合いだったのだ。街で見ず知らずの人間に仲のいい姉弟と笑みを浮かべられ、痛んだ胸をそのままに、それでも嬉しくて、幸せで、今度もしも彼女を失ってしまったらと体が震えたことを思い出す。

まるで、走馬灯のように。


「"秀次が、幸せであるように"」


顔を上げれば、そこには真っ直ぐに俺を見つめる風間さんがいた。

ずっと、いうべきか言わざるべきか迷っていたんだろう。風間さんらしくもないが、それくらい、俺は彼女に依存していた。わかっていた。


「なまえさんはどこの病院にいるんですか。病院で聞いたんですよね」


そしてまた、風間さんが目をそむける。


「今言ったことを俺が聞いたのは、昨日の夜だ」


昨晩は、確か、防衛任務があると言った俺のために夜食のおにぎりを作ってくれた。別にいいと言ったのに、若いんだからちゃんと食べなさいと俺の頬を抓って、周りから羨望の視線を浴びて、内心得意げに彼女に悪態をついた。


「三輪が任務に出たあと、なまえさんは城戸司令にボーダーを辞めると告げた」

「...初耳です」


そういえば、風間さんはなまえさんをなまえさんと呼ぶんだなと、見当違いなことを思う。それは風間さんのイメージではないが、確かに彼女にはさん付けがよく合うような気がする。


「三輪、」


どうすればいいのだろうか。
この世界で彼女まで喪ってしまったら、俺はどうすればいいのだろうか。当たり前に与えられる彼女の温もりが失われたら、俺はまた誰か他を探すのだろうか。


「なまえさんでなければ、意味がないんです」

「わかっている。泣くな」


泣くなと言われて初めて気づいたのは、俺が涙を流していたことだった。いつからかわからず、もうずっと忘れていたような感覚に支配される。

姉さんの墓参りについてきてくれたなまえさんは、俯く俺の手を握って、『泣いてもいいのよ』と笑った。笑顔が姉さんにダブって、どんな感情よりも先に恐怖を覚えた。

もしも、なまえさんを失ったら。


「じゃあなまえさんは、」

「まだ、意識不明だ」


静かなボーダー本部の一室。
彼女は優しい人だ、強い人だ。...違う。


「なまえさんが強くならなければいけなかったのは、俺がいたからですか」

「俺はもうずっと、三輪はなまえさんを姉としてではなく女として見ていると思っていた」


任務の帰り、つい足が向くのはなまえさんの家だった。なまえさんは困ったように笑って、抱きしめてくれた。

俺は彼女に姉を重ね、彼女は俺に弟を重ねていた、はずだった。


「似合いだと思いますか」

「らしくもないことを言うな」


彼女が俺に弱さを見せられなかったのは、彼女が強くならなければいけなかったのは、俺が弱かったからだ。


「あの人は俺を弟としか見ていなかったのに」

「...忍田本部長から預かった。後で見ろ」


そしてメモを俺に押し付け、風間さんはさっさと部屋を後にする。

震える指で折りたたまれたメモを開けば、病院の名前と部屋番号が走り書きされていた。

幸せであるように。

このままでは、俺は一緒に幸せになりたい人を失った世界で幸せとやらを掴まなければならない。


握ったメモがくしゃりと潰れ、それでもなお動いてくれない足に、涙が溢れた。



IFを殺す



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homesicker様よりお題を拝借





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