目の前で拳を握る彼の唇が、小さく震えていたのを見逃せなかった。
「軽蔑するか?」
「し、ない……うれしい」
 しわくちゃのシーツさえ愛おしい。手を握り締めたら、爪が手のひらに食い込んでかすかな痛みを感じる。
「……傷がつく」
 そっと拾い上げられた手のひらに、忍田さんが唇を落とした。視界の中で、薄い唇から赤い舌がちろりと手のひらを舐めとる。まるでヘビのようだ。
「っん、」
 ただ体勢を変えたかっただけなのかもしれない忍田さんの動きに、深々とペニスを突き立てられた身体が素直に跳ねた。
「締めるな」
 手のひらに息を吐きながら、薄い唇が柔らかい弧を描く。額に滲む汗に、何故だか涙が出そうになる。
「忍、田さん」
「なまえ、胸を隠さないでくれ」
 忍田さんが動く度に揺れる乳房に、あまりにも興味深そうで嬉しそうな視線に心許ないから、思わず片腕で両方の胸を隠してしまう。そして、あとは、これ以上刺激を受けたらどうにかなってしまいそうだと予感したから。
「だめ」
「頼むよ」
 あまりにも柔らかく笑った忍田さんが、手のひらに再び、今度は小さく唇を落とす。
 元の場所に戻された手のひらは、これから与えられるであろう甘美を期待して、シーツをギュッと握り締めた。
「ほら」
 胸を隠していた腕は、抵抗することなく忍田さんの手によってこれもまたシーツの上に縫い付けられる。
「……あんまり、みないで」
「無理な相談だな」
 忍田さんが、空いた手で胸を包む。指の間に乳首を挟んで、それを喰む。まぶたを落とした忍田さんの眉根にはきつく皺が寄っている。何故か言いようのない気持ちになって、思わず形の良い、汗ばんだ忍田さんの頭を抱いた。
「煽るな」
「え、あっひゃ、ん」
 再開された律動に、腰から溶けてしまいそうな感覚に襲われる。忍田さんが腰を回す度、抽挿する度に粘着質な水音が部屋に響く。
「なまえ、溶けそうな顔だな」
 胸元に吐かれる息があまりにも熱くて、じわじわとからだの所在があやふやになっていく。既に忍田さんの頭を抱えていた手のひらに力は入らずに、与えられる刺激に従順なおんなの姿になった。
「しのださんは、辛そう」
「もうすぐ、楽になる、」
 深く、浅く。強く、弱く。
 私は忍田さんに会うまで知らなかった。世界に、こんなに優しくて激しくて甘いセックスがあることを。
胸元から顔を上げた忍田さんが、上半身を起こして私の両膝を掴んだ。
「んっ、あ、あ、!」
「は、っ」
 水音に混じってからだがぶつかる音がする。耳を塞ぎたくなったが、忍田さんの息遣いが聞こえなくなるのが嫌で、どうにかこのいやらしい音だけを意識の外に捨てたいと、しかしながら為すすべもなく、ただ唇を噛んだ。
「んぅ、っ」
「……噛むな。噛むならこっちにしろ」
 険しい表情と熱情の篭った瞳に似つかわしくない、細められた眼差しと柔らかい声音。安心して自分の指から唇を離したら、代わりに忍田さんの節くれだった人差し指が唇に宛てがわれた。
「……ひきょうね」
「なまえは、俺の指なら噛まないだろ」
 持て余した熱を歯ではなく舌に込めて、指先をちゅうちゅうと舐める。まるで乳児だ。そんな私を見下ろす忍田さんは、普段よりもずっと嬉しげに見える。
依然として穿たれたままのペニスが、胎内でどくりと脈打った。
「っ、」
「ん、もういい」
 唇から抜き取られた指は唾液でぬるぬるにふやけている。しとどに濡れた指先は、まっすぐに私の陰核を捉えた。
「あっ、だめ、」
「、ああ」
 返事とも喘ぎともとれるような、吐息混じりの掠れた低い声。思わず膣に力が入る。
「きゃあ、んっあ、あっ」
「……、ぅ、はっ」
 一層強い勢いで再奥に穿たれたペニスが弾けると同時、大きく波打った胎内が収縮して、真っ白な世界を連れてきた。


「なまえ、死ぬなよ」
 ぼんやりと融解した柔らかい世界は、まるでひとつも憂いがないような気持ちにさせる。
 まだ整わない息づかいと、温かな腕枕、厚い胸板に額を押し付け、心の中で『そう祈るよ』と嘯いた。



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