「各所で桜の開花が確認されているというのに」
 最早ため息の大バーゲンセール。涙なしでは語れそうにない。
「まあまあ、トリオン兵に空気読む能力があったら、おれらはさっさと死んでるよ」
「葉桜にすらなれず、枝ごと死に行く桜に比べたらそんなこと瑣末なのよ」
 目の前でサングラスを首に引っ掛けた迅が、手のひらでノーマルトリガーを握る。
風刃はここにはない。既に周知の事だ。
「……お前さ、」
「来るわよ」
 トリオン兵を遠くとは言え視認しながらも一歩も動かず会話を続行しようとしている所を見ると、きっとこの男のサイドエフェクトでは、その程度の影響しか見えていないのだろう。
「そっち頼むぜ」
「了解」
 おあつらえ向きに計2体向かってきたトリオン兵に向き合い、トリガーを起動。2体のラービットはあろうことか桜をただの障害物と認識し、枝の一本も残さずに巨木をなぎ倒した。
「……いつもより時間かかってんじゃないか」
「恨みを込めすぎたのよ」
 細切れすぎる程細切れにしたラービットは、既にそのカケラからは元の形を想像できない。
 辺りは随分と風通しが良くなっていた。視界の隅にラービットによって無惨な姿にされた桜の大木が映る。
「まあ、でもさ、」
「……さっさと帰りましょう」
 ため息にソールドアウトは存在しない。在庫が切れたら次は何が出てくるのだろうか。トリオンか?
「いや待てって。お前が誘ったんだろ」
「そうね、私が誘ったのはお花見だから、桜が無くなったならお花見は終了よ」
「だからお前」
「そういえば、さっき何か言いかけてたでしょう。なに?」

 桜が見たいわ。珍しく朝から気分がよかったから、簡単なお弁当を作って自宅を出たのが今日の昼前のこと。ふと思いついて玉狛へ足を向けたら、迅が私を待ち受けて無言で笑った。
 未来予知なんて、人生の面白みを半分以上損してるわ。わかりやすく嫌な表情をしてやって、そんなことを言った気がする。
「お前はおれと花見がしたかったんじゃなくて本当に花見がしたかっただけか?」
「どんな未来を見ているか知らないけど、思い上がらないことね」
 また一つため息。ぶら下げたお弁当が鬱陶しい。こんなことならお弁当なんて作らなければよかった。桜を見たいなんて思わなければよかった。そもそも、今朝もいつもと同じように陰鬱とした気分で目覚めればよかった。
「おれのサイドエフェクトは、」
 迅はそこまで言って、口をつぐんだ。私は未来予知なんて能力が嫌いだ。戦闘においてそれが役に立つことももちろん知っているし、それを利用することは厭わないけれど。
「ねえ、トリオン兵が今日ここにくることも、見えていた?」
「、まあ」
「じゃあ、どうして私が玉狛に行ったとき、何言わずに笑ってついてきたの」
 迅が口元だけで微笑んで、私から顔を背ける。
「……なあ、それ食わしてくれよ」
 指差す先のお弁当。トリオン兵と戦う際に一度地面に放り投げたせいで、中身は悲しいことになっているだろう。
「……玉狛に帰って。私は今から本部へ行くわ」
「おれ、お前と会うときはサイドエフェクトを無視してんだ」
「……なんで?」
「無視して動けば未来は変わる。つまりなんつーか、おれはお前を信じてるっていう、」
「馬鹿じゃないの」
 今日は非番だったのよ。非番の日にまで働きたくないのよ。元々私はそういう人間だったはずなのよ。
「……あげるわ」
 コンクリートにお弁当を置いて、迅に背を向ける。はやく、空調が完璧な本部へ行きたい。非番なのに本部へ行ったら、きっと誰かしらに突っ込まれるだろう。私は元来そんな人間ではないんだから。それでもなぜだか一人の部屋に戻るのも億劫で、そんな自分が妙に気持ち悪いけれど、きっと致し方ない。
「……また誘ってくれよ」
「お断りするわ」



桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿






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