カラリ、まっすぐ縦に伸びているだけの、シンプルなかたちのグラス。その中でまあるい氷が音を立てて、その音を合図にあたしは黒いストローで底に揺れるオレンジのスライスを押しつぶした。くるくると掻き回してストローにくちびるを寄せ吸い込む。ほんのりオレンジ風味のピーチティーが程よく喉を潤して、小さく息を吐く。
「うまいか?」
「うん。侑士も飲む?」
「おおきに」
目の前で同じかたちのグラスと向き合っていた彼に自分のグラスを手渡せば、彼は柔らかく笑ってストローにそのくちびるを寄せた。
彼のグラスの中、同じようにまるい氷が泳ぐのは漆黒のブラックコーヒー。傍らに転がるミルクとシロップはもちろん未開封で、ついでにストローは抜き取られておしぼりの上。そんな些末な習慣にすら未だにドキドキしてしまうあたしはなんて重症なんだろう。
「…うまいな」
「でしょ?」
「間接キス含めて、やな」
「…ばか」
この人は普段はとても静かで穏やかなのに、時々酷く子供っぽい。ニヤリとシニカルな笑みを浮かべてあたしにストローを向ける。なんだか悔しくなって寄せられたストローにくちびるを寄せて、ぺろりと舐める。
「…アカン、それ反則や」
「侑士が悪い」
「堪忍な」
それでも本当に嬉しそうに笑うから、本当に楽しそうに笑うから、あたしは気安いカフェだけど仕切りで周囲からの視線を気にしなくてもいいこの店を選んだ彼に感謝した。
「…ここ、いいね」
「せやろ?気に入ると思うたわ」
さらりと彼の口から零れる言葉はいつだって小さくも大きくもあたしを気にしてくれている。
「でも、珍しいね」
「ん?」
「侑士がブレザー着てるなんて」
「あぁ…たまにはええかと思うてな」
「うん…似合う、けど」
「けど?けど何や。気になるやないか」
「うーん…なんだろう…」
しっかりと着たブレザーに、きっちりと首元に結ばれたネクタイ。違う学校だからか、男の子は学ランが標準服の学校に通うあたしには見慣れない。…たぶんそんな違和感。
「…惚れ直したんやろ?」
また子供みたいな笑顔を浮かべて、そして残り僅かなコーヒーを飲む。なんてちぐはぐな人なんだろう、そう思うと同時に、そんなアンバランスさも魅力のひとつなのかも、と考えてしまった。つまりは惚れ直した、という表現もあながち間違ってはいないということ。
「…そう、なのかな」
「あんま意地悪言うとると脱いでまうで」
「あ、それはだめ!」
くすくすと、小さく声を殺して笑う侑士。「堪忍な、一口ちょーだい」とあたしのピーチティーを飲んで、顔をあげた。
「…たまにはええやろ?」
「うーん、なんていうか」
「なんや」
「なんか、脱がしたくなるね。ブレザーとネクタイって」
コトン、とグラスが品の良い真っ白なテーブルに置かれたのを合図に、侑士が身を乗り出してあたしのくちびるに自分のくちびるを寄せた。
恋愛中毒
「…アカンわ、我慢できひん」
「…出る?」
「んなら言葉通り脱がしてもらおかな」
浮かべた笑みは、駆け引きを楽しむ大人を真似した、意地悪な笑み。