いつもどおりののどかな風景の中、見下ろす土手の下では人影が一つ、川の水をさらっている。
「本当にこんなとこに落としたのかぁ?」
訝しげな表情で、薄汚い川に腕を突っ込んでいた銀さんが私を振り返った。
その額には汗が滲み、顔に飛んだ汚い水しぶきが垂れている。
「うん」
私はといえば、そんな銀さんを眺めるだけ。
一ヵ月分の給料が入った封筒を落としたと言った時、彼らの表情は凍りついた。
彼らの生活を支えるお金でもあるからだ。
それなのに銀さんの第一声は「探してこいよォォ」だった。
散々働かせておいてそれか?
ぶちぎれた私は、そこからの記憶を持ち合わせていない。
気がついた時には目の前で半泣きの銀さんがぐすぐす言いながら、「探してきます」と小さな声で呟いていた。
「早く見つけてくれないと、今日の夕飯無しになっちゃうよ」
いつもお世話になっているスーパーのタイムセール開始時間は刻一刻と近づいている。
当然ながら、正札で買い物をするつもりはない。
4人分の食費を大体私一人で賄うというのは、そういうことだ。
「もう流されちまってんじゃねーか」
「探す気がないならさっさと餓死してくれていいよ」
記憶のないあの数分程度の出来事は、銀さんの心に随分と深く刻まれたようだ。
大人しく探し物を再開したその背中を沈み始める夕日が染める。
たまには、私の有り難みを感じればいい。
「なあ、なまえ…もう結構な時間こうしてるし…」
「あっそ。じゃあ神楽ちゃんはうちに連れて帰るから、銀さんはどうにか食いつないでいて」
「いやいやいや、ちょっと待って」
「そもそも、私が稼いだ金で食わせてやってるのに、いつもいつも当然のように感謝の言葉を口にするでもなく、ほんといい加減にして欲しい」
一息で言い放った私を、人々がちらちらと横目に通り過ぎていくのを背後で感じる。
カバンの中の封筒はしばらくお預けしよう。
土手の下では銀さんが、何やらぶつくさ言いながら水面を足で蹴飛ばした。
たまにはこういうのも必要でしょう
「銀さん、それ自分で洗濯してね」
見下ろす先の銀さんは眉をハの字にして無言の抗議をしている。