黒い髪、涼やかな目元。
私の働く猫カフェに、ほぼ毎日やってくるその人。
以前街中で見かけた時には、誰もいない場所に向かって会釈をしていた。
猫カフェではよく見る光景だけれど、その人は猫ではなく人間だ。
足元でにゃあにゃあとおやつをねだる子達に、煮干を一つずつやる。
普段ならおやつはお客さんと猫たちとのコミュニケーションツールだ。
それでも平日はお客さんの数が少ない時間帯が多く、私は猫たちにせがまれてNOとは言えない毎日を過ごしている。
「ほら、お兄さんのとこ行ってらっしゃい」
わらわらと集まり、なんとも言えない満足げな表情で煮干しを食んでいた猫たちの数匹が、その声に耳をピンと立てて応えてくれた。
「貴女はきっと天国に行くんでしょうね」
膝に一匹猫を抱き、私の言う事を理解したらしい2匹の長老猫が彼の体に擦り寄る。
彼の表情はほとんど能面のようだけれど、どことなく嬉しそうにも見える。
「ここも天国みたいなものですよ」
「全くですね」
力強く即答する彼の指先は、猫の顎をさすっている。
「猫、お好きなんですね」
「ええ。もふもふですしね」
もふもふ、という言葉がこぼれた形の良い薄い唇に、思わず視線が奪われた。
「そう、ですね…。もふもふして行ってください」
「遠慮なく」
特別に彼に手渡したのは、普段与えることのないササミ。
「みんなの好物なんです」
「あなたもですか?」
私が首を傾げたら、その人はため息を吐いてほんの少し笑ってみせた。
岩礁