「ねえ、聞いてる?」
誰もいない放課後の化学室。
夕陽の差し込むその密室はいつも通り薬品の独特な臭いに満たされている。
「聞いてる」
「じゃあ晋助も考えてよ」
向かい合わせに座った私たちの間に広がるのは、ごく近場の温水プール付きホテルのパンフレットや旅行雑誌。
半年間二人でバイトして、親にも内緒の一泊旅行。
平日は学校だから、土曜から。料金は高くなるけど、お互いのバイト代が振り込まれた通帳を見せ合って「余裕だね」って笑ってたのは昨日のこと。
「…乗り気じゃなくなった?」
「…別に」
毎日同じ制服を着て、学校で会う。付き合い初めてから1年、私達はお泊りもしてないし、キス止まりの関係だ。
「嫌ならいいよ」
「嫌じゃねェよ」
バイトに明け暮れた半年は、1年は早いかな、遅いかな、と悩んだ半年でもある。
そして今、彼はなんだか難しい顔をして紙パックのコーヒー牛乳を啜っている。
「晋助?」
「旅行っつったって、2ヶ月後だろ」
「そうだけど、予約だけでも先に…」
そしてまた難しい顔。頬杖を突いて、ぐしゃぐしゃの白いシャツの首からは紫のTシャツが見える。
「半年、」
「うん?」
「半年、まともに休日会ってねェだろ」
目を合わせないのは、照れてるとき、言いにくいことがあるとき、私に腹を立ててるとき。
「うん、…あ、今週末、会う…?」
合ってるかな、チラっと伺った先の表情は、背けられているせいでよくわからない。
それでも耳の先がほんの少し赤いような気がした。夕陽のせいだろうか。
「旅行より先にそっちだろ」
不貞腐れた低い声音ひとつ。
合わない視線にどうしようもなくなって俯く。
その視線の中で私に伸ばされた指先が、そっと私の前髪を揺らした。
モルヒネと体温