なんだかんだと謀略して、それだけではない感情も伝えて、そしてあの夜から恋人と呼ぶようになった俺たちだが俺には腑に落ちないことが一つだけある。

今でも充分甘やかしてるつもりだが、しかしその腑に落ちないことが解決されちまったら、きっと俺はもっとなまえちゃんを甘やかしてしまいたくなるだろう。


「なまえちゃん、俺今日遅くなるわ」

「…ふうん」


一瞬驚きに見開かれた目が訝しげに細められ、アヒル口を隠すようにふいと背けられた顔。
その頭をポンポンと軽く叩く。


「ごめんな」

「別に謝ることないわ」

「んー…、俺が淋しんだけどな」

「あっそ」


俺の手を掴んで頭から下ろしたなまえちゃんの口元が弧を描いている。頬が緩んでいるのは嬉しいからだろう。

ご機嫌のバロメーターに加えて照れたり恥ずかしがったりといった些細な態度も自然にわかるようになった分だけ、こっちも気恥ずかしいもんがある。


「あれ、なまえちゃんは淋しくないの?」

「………別に、」

「へえ、つっても当然か」

「なにが?」

「なまえちゃん、俺に好きって言ってくれたこともねえしな」


家に帰ればなまえちゃんがいて、言葉とは真逆に素直な表情と行動でためらいなく俺を翻弄してくれる小悪魔っぷりを惜しげもなく晒して、かと思えばベッドの中ではすり寄って甘えてくる。そんな幸福な日々でも腑に落ちないのは、未だになまえちゃんの口から「好き」って聞いてないってこと。


「そんなの」

「んー?言わなくてもわかるだろって?よっく言うよ。俺には言わせたくせにねえ」


朝食の団らんにしては、空気が殺伐としてきたような気がする。
なまえちゃんが眉間にしわを寄せながら作ってくれた朝食はフツーに美味い。コーヒーを啜りながら笑って言ってやれば、俺の隣に座るなまえちゃんがほんの少し悲しそうな表情を浮かべた。


「ンな顔すんなよ。俺が悪ぃみてーじゃん」

「鏑木さんが悪いんでしょ」

「どっこが!」


ますます悲痛な面持ちになってしまったなまえちゃん。腑に落ちないといえば、未だに俺を苗字で呼ぶのもなーんか釈然としねえんだよなあ。


「…だって、鏑木さんが」

「はー……もういいや。じゃあ俺出かけっから」

「え、ちょっと。勝手なこと言わないでよ!もういいって、そんな風に言うなら」

「別れてえならご勝手に」


なまえちゃんが次いで言いそうな台詞を先回りしてそう言ってやったら、今度こそその表情が泣きそうに歪んだ。
これっくらいの意地悪、許してくれたっていいんじゃねえの?悪魔が俺に耳打ちした。


「……ねえ」

「じゃーな」

「ねえってば!」

「んだよ」

「こんなままで置いてかないでよ!」

「…ほんっと、めんどくせーなあ。お前」


立ち上がってリビングに背を向けた俺の腕を掴む指先は震えている。
わがままと意地っ張りでコーティングされた、この天の邪鬼でかわいくない子のめんどくささと言ったら!


「鏑木さん」

「ほれ、お前もさっさと用意しねーと遅刻すんぞ」


そのまま玄関まで足を進めれば、なまえちゃんが俺の腕を掴んだままついてきた。


「………好きだからね」

「知ってる」


ぽつりと響いた小さな声にちらりと目だけで後ろを確認。泣きそうな顔をあっかくして、さげた眉尻が小動物を彷彿とさせる。

かわいくないこの子はわかってるんだろうか。今や主導権の全てが俺の手中にあるってことを。


「…好きだもん。ずっと、前から」

「夜、寝ないで待ってろよ」

「、なんで」

「そのかわいーお口でご奉仕してくれたら信じるよ」


たっぷりの時間を置いて、目を合わさずに小さく頷いたなまえちゃんの額にキスをひとつ落とした。
ハメたつもりがどっぷりハマってやんの。笑えねえよ、こちとらいい年したオジサンだってのに。

俺の真正面に移動してきたなまえちゃんが爪先立ちで唇にキスを強請るもんだから、その腰を抱いて唇を舐めてやる。朝っぱらからお盛んだねえ、心ン中で自嘲して舌をねじ込んだら、くぐもった声が直接脳髄を揺さぶった。


あー、完全に遅刻だわ。



クォーツホワイト





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