賢者タイムとはまたうまいこと言ったもんだ。
例に漏れず、想像の中でかわいいなまえちゃんのお口に出した昨晩から、俺は悟りの境地に達している。つまり性的興奮を抱かない。


「あ、なまえちゃんおつかれー」

「…………お疲れ様」


それが好都合なのは、なまえちゃんを見てもさほど罪悪感を感じないことだろうか。
なまえちゃんは気まずそうに視線を泳がせた後、たっぷりの間を挟んで小さく挨拶を返してきた。


「昨日さあ」


目の前の肩がびくんと揺れる。その双眸は俺を捉えないがまあ致し方ないっつーことで、なけなしの大人の余裕でコーティングした優しい言葉で甘やかす。


「ちゃんと帰れたか?…なんか、悪ぃことしたな」

「…大丈夫」


コールもなくデスクワークとトレーニングを終えたその足で向かった先の、なまえちゃんが働くとある家具屋。フロアの柱の影から盗み見たなまえちゃんはスーツに身を包み、背筋をピンと伸ばして客に懇切丁寧な接客をしていた。
そうして見ると年相応だ。なまえちゃんが子供っぽく見えるのは、きっと傍若無人とも思えるあの甘え方のせいだろう。


「お詫びと言っちゃあなんだけど、どっか飯行かねーか?」

「…奢りなら行くわ」


昨晩真っ赤になってだいきらいとまで叫んだなまえちゃんが、手元のファイルをぎゅっと抱きしめて絞り出すような声をあげた。
そんな仕草すら可愛いとか思っちまうのは、俺の性格が悪いからだろうか。


「仕事何時まで?」

「あと10分。やっすい居酒屋とか嫌よ」

「へーへー、りょーかいっと」


作りあげた"普通"になまえちゃんもようやく自分のテンポを取り戻したようだった。俺を見上げて弧を描いた唇はふっくらと柔らかそうに、てらてらと光る。
しかしドキリともしない辺り、いっくら賢者タイムとは言ってもさすがに男としてはマズいんじゃねえかな、と不安になった。


「じゃ、テキトーに見てっから」

「邪魔にならないでよ」

「はーい。ったくかわいくねーなー」


ハンチングを取り去って頭をがしがしとかき回す。視線の下のなまえちゃんがほんの少し俯いた。
"かわいくない"に傷ついたのだろうと予測する。その反応すら可愛くて愛おしくて、おじさんは困っちまうよ、ちくしょう。


膝上丈のスカートは太ももが見えるか見えないかの絶妙な位置までスリット。遠目に素足かと思う自然な色のストッキングに、黒い靴は高らかなヒールの音を立てる。ジャケットの中は淡いブルーのVネック、首から下がる細いゴールドのネックレスには青い石。

本当に、普段の俺に対する行動や物言いとのギャップが激しい。それくらい目の前で俺に背中を向けたなまえちゃんは、きちんと大人の女をしていた。


「………あ」


覗く膝裏に、思わず声を上げる。なんだよ、今朝から性的な方は無気力だったじゃねえか!

そのまま足早にフロアのトイレへ入り込む。細く薄い背中、くびれた腰に柔らかそうな尻、さわり心地の良さそうな太ももと無防備な膝裏。
脳裏にそれらが一気にフラッシュバックした。


「はー………まだまだ若ぇなあ」


ぞくりと背筋を這い上がる欲望を抑え込んで深呼吸。トイレの洗面で乱暴に冷水を顔面に叩きつけて、シャツの袖口で拭えば鏡に映るのは紛うことなくおっさん。しかも自分でわかるくらい切羽詰まった表情。


「こんなんじゃダメだ。警戒させちまう」


深く息を吐いて、大きく吸い込んだ。甘やかして甘やかして、なんでも受け入れて、優しく大切にしてやる。
最終的においしくいただくために、な。


「さて、と」


取り出した携帯から、以前番組の撮影でバーナビーと使ったレストランの番号を出した。
コール、予約。感じのいい男が丁寧に予約を承って、一応財布ん中を確認。

とりあえず今日は泊まるかと聞いてみるかね。何もしないで、なまえちゃんに欲しがらせんのもいいだろう。籠絡したいんだよ。あのワガママでかわいい子を。


後にしたトイレからなまえちゃんの姿を探す。
お楽しみはこれからだ。



ブラックノイズ




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