ドレスの裾はアシンメトリー。ゲストは政財界の人間にテレビ関係者、ヒーローたち。所在なく隅に立ち華奢なシャンパングラスを傾ける。


「ミス・なまえ、ヒーローたちにご紹介を」

「いえ、結構よ」


丁度グラスが空になり、それを見越したかのように新しいグラスを私に差し出す男が告げた。その後ろには話題の二人組がニコニコと愛想を振りまいていたが、私の態度に訝しげな表情を浮かべた。


「挨拶回りでお疲れでしょう。私はいいからヒーローたちを少し休ませてあげたらどう?」

「それもそうですかね…じゃあ」


受け取ったグラスを傾けてちらりと上げた目線、二人組がこちらを見つめていたせいで視線がかち合ってしまう。
こんなつまらないパーティーだけれど、ヒーローたちにとっては大切な仕事の一つ。その会場にそぐわぬ発言に気を悪くしたのかと、居たたまれない気分になってグラスを一気に煽った。


「あー、ミス・なまえ?」

「…休憩するならテラスが穴場よ」

「つれねえなあ」


アイパッチをしているせいで、声を掛けてきた男の表情はうまく読めない。男はワイルドタイガーだ。そして今、ワイルドタイガーは後ろ手に頭を乱暴に掻いている。


「何のご用ですか」

「…単刀直入に聞くぜ。ミス・なまえ…あんたは、何モンだ?」

「とあるスポンサー会社の筆頭株主、それだけね」

「それだけ、ねえ」


興味深そうな視線が注がれる。そして"筆頭株主"という単語に反応したのは、端正な顔立ちのバーナビー・ブルックスJr.だ。
年齢もさして自分と変わらないであろう女が、大なり小なりわからずともスポンサーの筆頭株主。その探るような目は何度も私に注がれたもの。その居心地の悪さには未だに慣れない。


「……使う宛のない遺産を相続したので、どうせなら街を守るものに、と」


何度も何度も、同じことを伝えてきた唇で、また同じことを伝えた。それを伝えれば二人はすぐ納得したように、小さく頷いて笑顔を見せる。
当たり前だ。ヒーロー活動の後ろ盾であるスポンサーの、更にその後ろ盾の一人なのだからご機嫌取りくらいはしておかなければならないだろう。


「なるほどねー。そんでミス・なまえはここでずっとつまんなそうに立ってるだけか?」

「…どうぞお気になさらず」

「なあ、折角だからどっか行かねえか」

「何がお望み?」

「別になんにもいらねえよ」


ニカッと笑うワイルドタイガー。その真意が掴めない。金があると知って取り入ろうとしているのか、若い女に興味があるのか、隠された目許からそれらを探るのは難しい。


「……目、見せて」

「ここじゃあ無理だ」


いつの間にやら姿を消したバーナビー・ブルックスJr.が、遠くで華美なマダムたちのご機嫌を取っているのが視界の隅に映った。


「そう」

「そんなつまんなそーな顔すんなって、こんなパーティー、つまんねえのは俺も同じだ」


随分とあけすけな態度だ。彼は一体どういうつもりだと言うのだろうか。一体、私の何に興味を持ったというのだろう。だから嫌い、パーティーなんて。


「休憩しないなら向こうへ、」

「ワイルドタイガーなんてお呼びじゃあないさ」

「…呆れた。ワイルドタイガーってそんな卑屈なヒーローだったの?」

「今俺を必要としてんのは、こんなパーティーじゃなくてあんただ。そうだろ?」


誘う視線に男の匂いと色香を感じる。小娘じゃあるまいし、そう心中で毒づいて目線を逸らしたけれど、悲しいかな目線を逸らした時点で私の負けは確定してしまったのだった。


「これ、取ってやっから」


これ、と指さすのはアイパッチ。いたずらで蠱惑的な笑みを浮かべたその男は、ヒーローとは随分かけ離れている。


「ワイルドタイガー」

「俺ぁ悪い男だからさ、本名は教えねえけど」


ひらりと背中を向けられたら、何故か後を追うヒールのつま先。
つまらない夜だからこそ、溺れたくなってしまうのかもしれない。例えば自分よりはるかに大きな器とからだを持つ、圧倒的に強い力に。
目前で揺れる広い背中に、どうしようもなく蹴りをいれたくなった。



群青未遂




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