それはいつもと変わらない朝のこと。

いつもと同じように、二人で眠っていたベッドを名残惜しみながら後にして、素肌にバスローブを羽織ってから顔を洗って歯を磨く。
ベッドルームに戻っても尚、寝息をたてる虎徹さんの緩んだ表情に脱力しつつ、ドレッサーに向かって化粧をしようと前髪を上げた。


「…お、化粧、すんの?」

「起こしちゃった?ごめん」

「いんやー、隣にお前がいねーから目え覚めただけ。気にすんな」


まだすっかり眠っていると思っていたけど、今日も虎徹さんはまぶたを眠そうに瞬かせてこちらをじっと見ている。目が合えばへらりと笑う。
私はと言えば、朝から何かとんでもなく嬉しいような恥ずかしいようなことを言われて、少しだけ面映ゆい。


「朝食まだだけど、」

「あー、いい、いい。いーから続けて」


な?とだめ押しされて、渋々ながら鏡に向き合った。
先ずは化粧水で肌を整えて、乳液を馴染ませる。そうして日焼け止めを薄く伸ばし、化粧下地を塗って準備は完了。
鏡越しに後ろを見れば、引き締まった体躯を晒して枕に肘をつく、どこか真剣な面持ちの虎徹さんと目が合った。


「いつもいつも、見られてるとやりづらいなあ」

「俺さあ、お前が化粧してるとこ、好きなんだよね」


いつも、虎徹さんは私が化粧するのを背後から鏡越しにじっと見つめる。毎朝理由を聞くけれど、答えてくれたことはなかった。
しかし今朝は違うらしい。むくりと上半身を起こした虎徹さんが、うう、と低く唸って屈伸する。


「化粧なんて、見てて楽しい?」

「だって、どんどん綺麗になってくだろ?」


さらり。ニカッと眩しい笑顔を浮かべた虎徹さんが、ベッドの下に落ちるパンツを拾い上げて穿いた。


「…そ、う?ありがと」

「おー。だからさ、続けて」


パンツ一丁でベッドの上に胡座をかいた虎徹さん。笑顔のまま、手のひらでどうぞと示されてしまえば、時間も時間だし従うしかない。
私はファンデーションを取り出して、肌に重ね始めた。
ファンデーションが終わったら、アイブロウ。今日は少し柔らかい素材のブラウスをスーツに合わせよう、そんな算段をしながら、普段より柔らかな曲線を描く眉のテンプレートを使う。
そうしてアイカラーはブラウンとホワイトパールとをいくつか重ねて、アイラインはきつすぎず薄すぎず。
マスカラもブラウンで優しげな印象の瞳を作り上げていく。


「…見過ぎ」

「かわいーな、今日は」

「今日は?」

「いつもはどっちかっつーと、綺麗だからさ」


恥ずかしげもなく言い放つ虎徹さんの視線は、それでも真っ直ぐに私に注がれている。
居たたまれない気持ちになるけれど、時計は待ってくれない。
次に手に取ったのは、普段より幾分赤みが強いチーク。丸く、頬骨の上あたりに落として、唇にはリップと、ルージュは桃色。


「もう終わるよ」

「わーってるって」


それもそうか。なんと言っても虎徹さんは、毎朝私が化粧するのを見ているのだ。
上げた前髪をおろして、髪の毛を整えれば化粧は完成。ピアスとネックレスを選んだら、後ろから優しい声が掛けられた。


「なまえ、こっち向いて」


言われるままに体ごと振り返る。胡座をかいていたはずの虎徹さんはいつの間にやらベッドサイドに深く腰掛け、そして私に両手を広げていた。


「…どうしたの?」

「お前が化粧してんの、見んの好きなんだよ」

「…それはさっきも聞いた、けど」

「その化粧が俺のためだったらもう、サイコーだ」


私の腰にたくましい腕を回して、胸に頬を押し付ける虎徹さん。毎朝毎朝、虎徹さんはそんなことを思っていたというのだろうか。


「虎徹さん、」

「…うし、俺も着替えっかなあ。お前も着替えなきゃなんねーだろ」


胸元から顔を上げたその顔はまるでいたずらっ子だ。
一瞬でもキスを期待してしまった自分の不甲斐なさや恥ずかしさ、それら全部を奥歯で悔しげに噛み潰して、虎徹さんの頭のてっぺんに唇を寄せる。


「こら、朝っぱらからんなかわいーことしてくれんな。食っちまうぞ」


さもおかしそうに破顔した虎徹さん。その瞼がゆっくりと伏せられて、我慢できずに私はその唇に噛みついた。



ライトアップ・クリーム



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