久々に足を向けたのは、たぶん恋人の家だ。たぶん、と言うのはつまり微妙な関係になりつつあるということで、最近忙しさを理由に会うことはおろかメールや電話もしなかった自分を心から蹴り飛ばしたくなった。
自業自得を絵に描いたような顛末だ。彼女が好きなケーキを片手にぶら下げて、躊躇いながらドアチャイムを押す。


「………虎徹?」

「………よお」


開いた扉の向こうから現れた彼女はたっぷりの間を置いて、訝しげな表情を浮かべた。
あれ、もしかして俺らの関係って既に終わってる?


「最近ずいぶん忙しかったみたいだけど、大丈夫なの?ちゃんと休んでる?」

「おー、まあ、そこそこ」


なにがどうそこそこなのかわからないような曖昧な返事を返しながら見つめた先の、自宅用のメガネを掛けた顔をとてつもなく懐かしく感じる。
レースがあしらわれたキャミソールに揃いのパンツのみという、おっそろしい格好をした彼女が室内へ踵を返す後をついて、見慣れたはずのリビングへ入った。


「何か飲む?って言っても…今ウイスキーくらいしかないけど」

「ああ、なんでもいー…」


ケーキの箱を差し出しながら、何気なく返した言葉。俺がよくここへ来ていた時には、焼酎にビール、ガス入りのミネラルウォーターにいくつかのリキュールが用意されていたはず。


「…飲み方は…って、なによその顔」

「え?ああ、いや。気にすんな」

「…ふーん」

「んだよ」

「べっつにー」


倒錯的な服装でキッチンに立つ彼女がいたずらな笑みを浮かべて、鼻歌まじりに背中を向けた。
なあ、俺らってまだ付き合ってんだよなあ?そんな風に軽く聞けたらいいんだろうが、残念ながら軽口で問えるほど俺は若くないようだ。


「…なまえちゃん、ごめんな」

「それは何の謝罪かな、虎徹くん?」

「全然会えなかったし、連絡もしねえで」


それならさっさと謝っちまうのが得策だ。
いつも通りに見える彼女の態度も声も姿も、疑い出せばキリがない。暗に"ここにはもう虎徹の居場所はない"とさえ言われてるような気分になる。


「連絡がないくらいで壊れるような関係なら、最初からない方がいいような気がする」

「そりゃまた随分思い切りのいいこって…」


ウイスキーのボトルにまん丸の氷が音を立てるグラス、簡単なつまみ。それらをトレイに載せてやってきた彼女が、いまだ立ち尽くしたままの俺を見て片眉を下げる。
とかく、普段からオトコマエな性格だとは思っていたが、まさかここまでバッサリと切られるとは思っていなかった。


「青少年じゃないんだから、どういう意味かわかるでしょう?」

「…あー、おう」


言われた意味を反芻すれば、それはストンと心の奥に、まるで誂えたようにすんなりと収まる。
つまり、俺となまえの関係においては「連絡しないこと"くらい"」で、「会わないこと"くらい"」なのか。


「…あら、まだお気に召さない?」

「声が聞きてえとか会いてえとか触りてえとか、思ってんのは俺だけかー。さみしーなー」

「言われたら困るくせに」


喉を鳴らして笑う彼女がウイスキーをグラスに注ぐ。俺のグラスはロックで、自分の分は水割りで。
そういえばなまえはいつも、ウイスキーを飲む時水割り以外は飲まなかったっけか。


「…そっか」

「どうしたのよ」

「いや、なんか、変わっちまったような気がしてたんだが…やっぱ何も変わってねえよな」

「そう簡単に変わってたまるもんですか」

「そうだな」


二人でグラスを小さく掲げて縁を軽くぶつければ耳に心地良い音が一つ。
ふ、と視線を伏せた彼女の目許に影が落ちる。それでも口元が柔らかく弧を描いていて、その柔らかな雰囲気に思わず唾を飲んだ。


「会いたいに決まってる。声も聞きたい、触りたい、触られたい」

「…ん」

「でも、虎徹はこうやって申し訳無さそうにご機嫌とりにきてくれる」


ケーキの箱を開ければそこに鎮座するのはシンプルなショートケーキを2つ。
彼女が「あ、お皿とフォーク」と小さく声を上げ立ち上がろうとしたのを、思わず制止した。


「…じゃあ、触れよ。そんで、触らして」

「ちょっと…待って、」

「結婚しよう」


彼女の表情がみるみる変わっていく。眉間に寄ったシワと情けなく下がった眉尻に困ったように滲んだ瞳、唇は言葉を忘れたように半分開いたままで、そのすべてが俺を真っ直ぐに捉えた。


「……本気?」

「ずっと本気だ」

「そうじゃなくて」

「……本気だ」


会いたい夜も会えない夜も
触れたい夜も触れられない夜も
全部ひっくるめて、
全部飛び越えて、


「…なまえ、お前に傍にいてほしい」



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