ぽたんぽたん、濡れた髪の毛から水滴が落ちていく。その様を鏡越しに見つめながらため息を吐いたら、背後の虎徹さんと目が合った。


「なあ、まーだ?」

「まあだ」


就寝前の女は忙しい。外出前も忙しいけれど、就寝前のケアは次の日のコンディションを左右する。
私はさっきからベッドルームにあるドレッサーの前に腰を落ち着けて、顔に化粧水を馴染ませて体にボディクリームを伸ばしていた。化粧水が皮膚に吸収されたのを確認して、右手に持った乳液のビンを左手に傾ける。

鏡越しの虎徹さんはベッドに腰掛け、寂しそうにうなだれた。
ぽたんぽたん、水滴が落ちて、虎徹さんのパジャマと毛布に染みを作っていく。
窓の外では夜空に星が瞬いて、時計の針が0時を告げる。


「……まだ?」

「もうちょっと…。髪の毛、ちゃんと拭きなよ」

「なまえが拭いて」


左手にとろりと広がった乳液を両手で伸ばして顔に塗っていく。じわりとほのかに冷たいそれを丹念に擦り込むように、押し込むように、肌をマッサージしながら隅々まで広げた。
ちらりと鏡越しに虎徹さんを確認したら、そのうなだれた頭がとんでもなく心細そうで、ああそうか、とその時突然に理解した。


「…なまえ?」

「なあに、今日は甘えたい日なの?」

「……んー、あー、そう、かもしんねえ」


情けなく眉尻が下がって、それでもへらりと笑った口元。
きっと何があったわけではなくて、そんな気分の日なんだろう。
よし、と頬を両手で包んでから、ドレッサーの前のスツールから立ち上がる。私が虎徹さんに向き合ったら、虎徹さんは心底安心したように息を吐いて、こちらに手を伸ばしてきた。


「あんまほっとくといじけちゃうよ」

「もういじけてるくせに。ほら、髪拭くから後ろ向いて」

「ん」


ベッドの端に座ったまま、体制を変えて私に背中を向けた虎徹さん。背中を丸くして、ひどく頼りなげだ。
背後に座ったら、ゆるゆると頭が上がった。


「なあ、なまえ」

「なあに?」


ふわふわのタオルで虎徹さんの頭を包む。タオル越しに、男の人にしては少し長いしっとりとした黒髪をぎゅっと握って水分を吸い取っていく。


「なあ、抱きしめて」

「髪の毛拭いたらね、」

「今すぐ」


普段豪気でおちゃらけて、懐の深い年上の男性がこうも素直に自分に甘えてくると、どうにも気恥ずかしい。けれど恥ずかしいよりもっと大きな割合を占めるのはただただ、愛しいというあたたかな感情。


「…しょうがないなあ」


うしろから胸に腕を回して、広い背中に頬を押し付ける。

虎徹さんが大きく息を吸って、細く長く息を吐いた。


「なまえ、おっぱい当たってんぞ」

「…ばーか」


時計の針は0時半を指し示す。
私を巻き込んでベッドに倒れ込んだ広い背中があまりにもあたたかくて、私はゆるゆると意識を手放した。



ハニームーン




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