不器用なひとだと思った。無自覚なのか自覚していてはぐらかしているのかわからないけど、このひとは優しい。でも不器用なひとだからきっと無自覚なんだろうな、とそこまで考えて、彼に注いでいた視線を逸らす。

毎日、会社で見かける度にいろんなことを考える。昨日は、この人は優しいひとなのか、それとも甘いひとなのか、ということについて。毎日仕事で疲れているはずなのに、この回路だけは元気だ。


「…コーヒーです」


それが今日、何故だかお茶汲みのご指名を受けた。何故だ。そんな自問をしてみたけれど、自答できるほど私にはヒーローについての情報がない。

扉をノックしたのが5分前。そして鏑木さんに雑談を振られて後に引けなくなってしまった私は、彼を見つめてみたり視線を逸らしてみたりと忙しい。そんな私の心情を把握したのか、時々バーナビーさんがいたずらに柔らかい笑みを浮かべる。


「あの、私そろそろ通常業務に戻りますね」

「え」


バチンとかち合った視線に思わず肩が跳ねた。一方的に見つめていたことはあれど、決して交わったことのない視線。鏑木さんが髭を指先で撫でながら低く唸る。


「…ええと、?」

「なあ、あんた名前なんてーの?」

「は、ええ、なまえと、」

「はいはい、なまえちゃんね」


…なまえちゃん。
ぽかんと開いた口が酸欠の鯉のようにぱくぱくと忙しない。コントロールできないその動きと、顔に集まる熱だけが何かを鏑木さんに伝えようとしている。伝わるはずがないのに。


「…はい」

「今日さあ、どっかで夕飯食わねえ?」

「…は」


我ながら素っ頓狂な声が出たと思う。なんの冗談かと思えば彼はいたって普通の顔をしているし、バーナビーさんは鏑木さんの方を見てこれまた少し驚いた顔をしていた。


「わ、かりました」

「おう、じゃあ悪ぃけど連絡先教えてもらえる?」

「じゃあ名刺、を」


連絡先がプリントされた素っ気ないデザインの名刺を手渡す指先が震える。このひとは一体どういうつもりなんだろうか。
私の考察では、甘くて、優しくて、不器用なひと、………ん?


「あの、念の為伺いたいのですが」

「んー?」

「私と鏑木さんの、二人、ですか?」

「いんやあ、バニーも誘うぜ、ちゃんと」


………ああなるほどね。
ちらりとバーナビーさんの方に視線をやったなら、唇の端をぴくぴくと震わせてまるでゴミでも見るかのような眼差しで鏑木さんを睨んでいる。


「…あの…」

「心配すんなって」


心配しているのは多分あなたの予想していることとは違います。
そんな言葉を喉の奥に飲み込んで、聞こえないように息を吐く。
どう言えばこの誤解を解けるのだろうか。それでなくとも、自分も騒がれたい誉められたいという欲求に対してこれまで邪険にされてきたようなひとだ。
鈍くなるのも頷ける。


「………」


ダメ元でバーナビーさんにアイコンタクトを送る。
目があったバーナビーさんは私の意図を正しく理解してくれた。


「おじさん、折角のお誘いですが僕はお断りします」

「はあ?なんでだよ、折角俺がなあ…」

「お二人で行かれてはいかがです?」

「それじゃ意味ねえだろうよ、なあ?なまえちゃん」


お誘いにときめいた心臓を返せ!かわいらしくドキドキ震えていたはずの心臓は、ちりちりムカムカする心臓と入れ代わってしまった。
呼びかけても返事がない私をいぶかしんだのか、鏑木さんはバーナビーさんに「ほれ見ろ」とひどい男を見る目で告げる。
ひどいのはそっちじゃなくてお前だよ。


「…鏑木さん」

「おお?」

「私からお誘いしても?」


それならばこっちだってやってやろうじゃないか。迎撃してあげましょう。きゅっと閉じて開いた私の目は自分でもわかるくらい据わっている。


「…なまえちゃん?」

「今夜、私と食事に行っていただけませんか?二人で」


にっこりと笑って見せれば、バーナビーさんがホッと安心したように息を吐いた。きっとバーナビーさんは私がずっと鏑木さんを、鏑木さんだけを見つめていたことを知っている。そして知っていて私に助けを出してくれた。
私はそれを無駄にするわけにはいかないのだ。


「え、なに、作戦会議でもする?」


そんなすっとぼけた発言をした鏑木さんに、頭を抱えるバーナビーさんと今にも床にへたりこみたい私。

ひとに優しくするのもいいけど、向けられる好意をシャットダウンするのはいかがなものかと思います。


「ん?どうしちゃったの?おーいバニー?なまえちゃーん?」


ただ優しくしあうことを許されたいだけなのに!



ハイブリッド・グリーンに逃亡





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