何度呼びかけても返事がない。暑さにくたばってんのかと思い立ち扉に手をかけたが、それは施錠されていた。
「なまえ、開けろお」
仕方なく再度呼びかけノックする。しかしやはり返事はない。くたばってんだとしたら早急に救出が必要だ。それでなくともヴァリアーの面々は普段空調管理の行き届いた屋敷でのうのうと過ごしている。
任務じゃなけりゃ、こんな冷房の一つもないボロ宿になんか泊まらない、泊まれない。
「…なまえ!」
「え、あ、スク?」
一度怒鳴って返事がなかったら扉を破壊してでも進入しようと決めての一撃。ボロ宿の薄い扉だと言うのに、どうやらなまえは今ようやく俺に気づいたようだ。
ガチャリ、鍵があけられる音がすると同時に扉を開ける。
そこにはいつものなまえはいなかった。
「…何してんだあ゛」
「浴衣!どう?」
開け放たれた扉の向こうでくるりと一度回って見せたなまえ。
不思議な装束を身につけている。いや、見たことはある。知ってはいるが実際に俺の周辺で着ている人間はいなかった。
「…窮屈そうだ」
胸の下に巻きつけられた布は背中で綺麗に結ばれている。見えそうで見えない首筋と足首、ちらりと覗く手首の細さに、まあ、なんつーか日本人の奥ゆかしいエロティシズムが垣間見えた。
「そんなに苦しくはないんだよ」
なまえが動く度に、足首を隠す布がひらひらと揺れる。なるほど、最初から晒して見せるより、見えそうで見えないからこそ暴きたくなるってのもいいな。
「何で突然そんなん着たんだあ?」
「キャトーズ・ジュイエ!花火でしょ?」
「あ゛あ」
「日本では花火と言えば浴衣!なの!」
「へえ…」
「ここからじゃ花火は見れないけど、気分だけでもね」
ユカタはどうやら動きをかなり制限されるらしい。足元にまとわりつく裾は邪魔だろうが、普段ガツガツと歩くなまえがしとやかにゆったり小幅に歩くその足元から、カラコロと小気味良い音がする。
結い上げられた髪はなんとも複雑。編み込まれたり留められたり結ばれたり、ただそこにシャランと揺れる石は美しい。
「…花火、見に行くかあ゛」
「…浴衣なんて目立つよ」
「脱げばいいだろお」
頭に手を伸ばして、揺れる石の根元を引き抜く。ぱさりと髪の毛先が露わになったが、やはり完全にはほどけなかった。
「折角着たのに」
「この部屋でユカタ着てるか、着替えて花火見るか、どっちか選べえ゛」
「…………花火」
「よっしゃ」
どことなく不満そうなその表情を見ない振りして背中の結び目に手をかければ、それは意外にも簡単に解けそうだ。引っ張ってなまえがくるりと回る。なまえの足元に落ちたそれ、そしてなまえの肌が零れた。
「……何みてるの」
「…いや」
「…花火見るんだよ」
「…まあ、フランスは日が長いから花火が始まんのはもう少し遅い時間だ」
「………ん?」
壁に掛かった時計を一瞥。…一回なら、間に合うか。
そしてベッドに視線をやれば、二日分には似つかわしくないほど大きいサイズのトランク。なるほど、最初からユカタを着るつもりだったのか。
「…私、浴衣誉められてない」
「似合ってた」
「今更」
「そそられた」
「あ、それすごい説得力」
首に回された腕、なまえの首筋にキスを落とせばくすぐったそうに身をよじり、キスをねだって爪先立ちに。
足元から軽やかな音が響く。
肌