真っ白なスクエアプレートに積み上げられた色とりどりのマカロン、ジェラート、ショコラ。今にも崩れそうなそれを細いフォークでつっつきながら、私は目の前のチェアに深く腰を掛け煙草を吸う彼をちらりと見上げた。
「…食わねえのか」
「たべる、けど」
じんわり溶けたジェラートがマカロンを濡らしていく。プスリとフォークをショコラに刺して口に運ぶけど、唇は思うように動いてくれない。
「食わねえのか」
もう一度、今度はその鋭い声で投げられた。帽子の奥の、陰から私を睨む視線が痛い。
「リボーン、」
ふやけてぐにゃぐにゃになったマカロンをフォークで遊びながら、私はどうしてこうなったんだろうと泣きそうな気持ちで思う。
ついさっきまでみんなとおっきなケーキを囲んでいたはずなのに!
「…ヘラヘラしやがって」
高そうなガラスの灰皿に煙草を押し付けた指先が、私の手元からプレートを取り上げた。
軽く手を挙げて呼びつけたボーイにプレートを押しつけると、リボーンはいまだに鋭い表情を浮かべたままショコラとマカロンのカスがついたフォークも奪い取る。
「まだ、食べてないのに」
「…何をだ?プレートか?それともあの胸焼けするようなでかいヘタクソなケーキか?」
珍しく不機嫌をあらわにしている黒いスーツ姿のリボーン。
それに恐れをなしたのか、いつの間にか周囲のお客さんはいなくなり、テラスには私たち二人だけになってしまった。
「そんな言い方、しないでよ」
「あのケーキ、お前が作っただろう」
「わかってるなら、」
なんで、と続けようとした唇は、あえなくリボーンの視線に押しやられてしまった。
そうだ、この人は視線で人を殺せる人だった。
「それがわからねえ女に育てたつもりはねえ」
「…育てられた覚えなんてないもの」
口の中がからからに渇く。プレートの代わりに運ばれてきたお水を飲んだら、レモンの香りがした。
「俺が帰ってきたんだ。お前はまず俺を出迎えるべきじゃねえか」
「…知らない。どうせ仕事のあとは愛人さんのとこハシゴしてたんでしょ」
モンマルトルへの出張。それに付随した愛人宅巡り。出張の度にリボーンはおみやげを配り歩いてまるでご機嫌とりでもするかのように一晩ずつ泊まり歩く。
ミッション完了の連絡から一週間が経過した今日、やっとボンゴレのお屋敷に戻ってきたリボーンは疲れなんて全く感じさせずにいつもと同じ余裕の顔でボスをいじめていた。
「妬くんならもっと可愛く妬けよ」
「妬いてない。あと168時間くらい愛人さんのとこにいればよかったでしょ」
一週間、私は待ったのだ。リボーンからボスに連絡があって、そこから時計が168時間と14時間48分経過したところでボスがさすがにこれはヤバいと思ったのか、私のご機嫌を取り始めた。
ドレス、バッグ、アクセサリー、靴、花束。
それらを身につけて、マフィアのガーデンパーティ。
みんなでケーキを囲んだら、少しだけ気分が浮上した。
「168時間、ねえ」
「…何よ」
「お前が一週間、淋しい思いをしてたってことしかわからねえ数字だな」
この男…!
誰のせいだよ!と口をついて飛び出しそうになった言葉をゴクリと飲み込み、レモンフレーバーの水で流し込む。
わかってはいる。リボーンを怒らせるのは得策じゃない。
「でも、ちょうど良かった」
「何がだ」
「わたし、乱暴なセックスする男は嫌いだって、168時間の間にやっと気づいたのよ」
泣きたい気持ちで絞り出す。いつもいつも、私ばっかり泣かされる。私が悪くないときの方がほとんどを占めるのに、それでもリボーンはお得意の持論と理論武装と視線を駆使して私を泣かせる。そして泣いた私を、満足そうに抱きしめて泣きやませるのだ。
「俺のセックスに文句言えるなんて随分偉くなったじゃねーか」
「リボーンはそういうのが好きな子とセックスしてればいいのよ」
「…残念ながら、俺が泣き顔を見たいと思うのは乱暴なセックスが嫌いな女らしい」
レモンの香りが漂う水のグラスの中で、溶けた氷がカランと小さく音を立てる。
なによ、今更ご機嫌伺いしても遅いんだから。
「その悪趣味どうにかしないと逃げられちゃうかもね」
「そうだな。今まさに逃げられそうだ」
その言葉に思わず顔色を伺ってしまった。でも、少しは困ってるかと思った表情はいつもどおり、不遜で不敵で自信満々。
「カケラでもそう思うなら、反省するべきだと思うわ」
「そうだな。じゃあこれからは一番にお前んとこに行ってやるよ」
ああ、わかってないね!
「結構です。というかもう二度と私のところに来ないで」
「いいのか?」
「何がよ」
「俺が行かなくて寂しくなるのはお前の方だろう」
…………開いた口が塞がらないとはきっとこういうことを言う。
何が悔しいって、無意識に熱くなっていく自分自身の顔。
リボーンにしてみればふてくされる私のご機嫌を取るくらい、赤子の手をひねるようなものなのだろう。
けれど今回の不満は大きくて深い。いくらリボーンでも、そう簡単には修復できない。させるつもりもない。
「…行くか」
「…どこによ」
「決まってんだろう、買い物だ。ツナに貰った服なんか着てんじゃねえよ」
立ち上がったリボーンが恭しく私に手のひらを差し出して、まるで紳士のような振る舞いをしてみせた。
テラスの外を歩く女性が小さく黄色い悲鳴をあげ、チラチラとリボーンを見るのがわかる。
「何それ、言っておくけど私、このドレス気に入ってるんだから」
「知ってるぜ。だから気に入らねえんだ」
掴まれて無理やり引っ張られた腕が痛い。
この男はここから私の168時間分の不満を修復できると、本当に思っているのだろうか。
24H×1W=平行線