今日も今日とて、彼の人物はキャバクラの看板を手に持って道行く女性に声をかけている。
何度聞いても辞めるつもりはないらしい。
それくらい、自分のプライドなんて捨てちゃうくらいに、彼は日本の夜明けを望んでいる。

それを少々残念な頭の彼にもわかりやすく、かいつまんで説明してみた。


「いや、そうではない」

「何が違うの?」

「俺は誇りを捨てたことなど一度もない」


似合わないバーテンダーのような服を纏い、まだ比較的明るい時間に往来に佇む男は、どこから見ても怪しげだ。


「プライドを捨ててない人がキャバクラの勧誘なんてするの?」

「その全てが目指す物に通じていると信じている」

「…わかんないよ。そんなの」


そして私も。

今私は、その怪しげな男の足元にしゃがみこんで目の前を通りすぎていく人間の流れるような足を見ている。

私も十分怪しい。


「ふむ、では…例えば日本の夜明けが饅頭の中心に詰まった餡だとしよう」

「待ってその例えがまずわからない」


さも閃いたという表情で私を笑顔で見下ろす彼は心なしか眩しい。言ってることは残念な頭の彼にとても似合っている。


「どんな手段であっても、その饅頭を割ることができれば餡に辿り着く!」

「いや、それはそうなんだけどさぁ」


何やら熱く語り始めたその長髪の男は、看板を下ろして力説する。


「方法は何でもいいのだ。包丁で切ってもいい、手で割ってもいい、指でほじってもいい」

「指でほじるのはどうかなぁ」

「昔やらなかったか?こう、饅頭に指を突き立てたり」

「どうかなぁ」

「ところで俺は、饅頭ならやはり白餡も捨てがたいが小豆餡が一番旨いと思う」


日本の夜明けの話から一瞬で転換した話題は、好みの甘味の話。
彼の笑顔は変わらずに眩しいままだ。



「饅頭と言えば、先週新しくできた甘味屋の饅頭が人気らしいな」

「あ、知ってるよ。うぐいす餡でしょ」

「うぐいす餡か…」


かと思いきや、すぐに深刻な思案顔を浮かべた。
相変わらずこの男の思考回路はよくわからない。

彼の足元にしゃがみこんだまま、色とりどりの下駄や草履を見つめる。
あ、今の子の下駄かわいい。


「いや、お前にはもっと淡い色の鼻緒が似合うと思う」


何やら私の視線に気付いたらしい彼が、頭上から真剣が声音を降らせた。
しかしどうしてこの男は私の思考にまで侵入してくるのだろうか。


「私のことなんかいいから仕事真剣にやりなよ」

「資金を稼ぐことは大事だが、正直お前よりは大事ではない」


思わず顔を上げたけど、彼は変わらない笑顔で私を見下ろしているだけ。


「…疲れてるんじゃない?」

「色気より食い気と聞いたことがあるが、お前は食い気より色気か」

「人の話聞いてる?」

「では今から下駄を買いに行こう」

「え、うわ!」


ぐいと引っ張られた腕に、無理矢理立ち上がった。そのまま看板をどこからか現れたエリザベスに託し、ずんずんと歩いていく彼。
彼の長い黒髪を時折風が撫でて浚って、さらさらと揺れる。


「ねぇ!仕事は?!」

「案ずるな。俺がお前に似合う下駄を見繕ってやる」

「お願いだから会話して!」


ぐいぐいと引っ張られるその腕と、背中と、黒髪と。
私を振り向かないその表情が見たい。

よろよろと着いていくままに、通りすぎたうぐいす餡の饅頭が人気の甘味屋さん。


なによ。
食い気より色気なのはそっちの方じゃない。





美しい貴方になりたいの




例えば私が彼の隣を歩くとしたら、そうしたら同じものを見て同じことを感じるのだろうか。
そんな風に一瞬でも思ってしまった私はきっと、かなりの重症なんだと思う。


「このまま俺と日本の夜明けを見に行こう」


特殊な電波に絡めとられて、どうしよう彼がかっこよく見えてしまう。







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