まどろむ意識は微かな光と共に多彩な音を引き連れて、あたしを夢の浅瀬から引き揚げた。
「…せっかち」
眠い目を擦りながら白いシーツを手繰り寄せる。むき出しの肩をくすぐる冷たい空気と張り詰めた朝の香り。
ベッドサイドのデジタル時計は午前4時をあたしに告げる。
「…起きたのか」
心底不思議そうな顔をするその男は、シャワーを浴びたのだろう髪の毛は濡れたままで白いシャツを羽織っている。
「まだ4時じゃない」
「銀さんにとっちゃもう4時なんだよ」
ふ、と柔らかい笑みを零して、彼はスラックスにベルトを通す。ぼんやりとその光景を見つめていたあたしに、彼は悪びれもせずに手招きした。
「なーアレやってくれよ」
「?何?」
「ほら、新妻みてぇにネクタイ結ぶの」
「…新妻なら家にいるでしょ」
シーツを体に巻き付けてベッドから降りる。一人掛けのソファの背もたれに投げ捨てられているネクタイを引っ張りあげて、彼の首に掛けて丁寧に結んだ。
「…あんま意地悪言うなよ」
彼の左手、約束された場所に光るシルバーのリング。カーテンの隙間から覗く朝の光に反射して心が傷む。
「…じゃあね」
「…いってらっしゃい、だろ」
スーツの背広を着る背中越しの低い声。
「…いってらっしゃい」
「おー、あとお前さ、握り締めてねーでつけたら?」
握り締めていた左手を広げれば、そこにあるのは昨夜貰ったシルバーのリング。
「左手の薬指な」
いたずらに笑う彼。あたしはうまく笑えているだろうか。
Palm Story
リングのデザインが違うことを知っているのに、普段なら考えられないくらいきちんとスーツを着て「いってきます」と言って家に帰るあなたが、
どうすればいいんだろう。こんなに、愛しい。
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素敵企画「リーマン彼氏」さま提出