「ウーロン茶」


目が合って3秒。
投げられたその台詞をうまく受け止められず、は、と息を吐き出すように反射的な声を出した私に沖田はもう一度、今度は盛大な嫌味をプラスした。


「聞こえなかったんですかィ?頭も悪ぃ耳も悪ぃとあっちゃあ世話ねェや」

「沖田は性格が悪いよね」

「嫌味言われた癖に相手褒めるってェあんたドMだな」


…褒めてないんだけどな!
沖田には何を言っても無駄である。それを身に染みて理解している私は、…いや、このクラスの人間なら私だけじゃなく理解してるだろうけど!とりあえず言われた言葉の意味を考える。


「…買ってきて欲しいならお金出してよ」

「何言ってんだ。当然奢りだろ」

「沖田なんて死んじゃえばいいのに」


沖田の前の席で「その通りだな、死んじまえ」と呟いた土方くんの頭上に沖田の踵が落ちた。
背筋を嫌な汗が伝っていく。
これはもう虐げられているとしか形容できない、圧倒的で絶対的な恐怖。

普通頭のいい人って言うのは、直接手を下さず、狡猾に他人を貶めるものだと思っていたけど、沖田はそうではない。
頭がいいはずなのに、彼は理不尽な暴力も振りかざす。どんな独裁者だ。


「オイ、とっとと行きやがれィ」

「一応言っておくけど、あと5分で始業だよね」

「このままだと遅刻するぜィ。あんたが」


…どうやら逃げる手立てはないらしい。
その証拠に誰も私と目を合わせてくれない。お妙ちゃんか神楽ちゃんがいたら助けてくれるはずなのに、こんなときにかぎって仲良くトイレに行ってしまわれた。

………まさかそれを見越してのことだったなんて、ないよね。


「…ウーロン茶ね」

「おう。始業に間に合ったら帰りに肉まん奢ってやりまさァ」


しかし沖田は、どうやらうまく飴と鞭とを使い分ける人間でもあるようだ。
独裁者というより宗教でも立ち上げたらいいんじゃないか。

机の横にかけてある学生バッグから財布を取り出し、時計を見上げる。
残り時間は既に3分。ああ、これ確実に間に合わないな。


教室を出ればどの生徒も変わらずに教室へと戻っていく。その足並みを逆流して走る私はいったい何をしてるんだ。…パシられてんだけどね!


「ウーロン茶…ペットボトルか紙パックか…」


やっとたどりついた自販機の前、並ぶ飲み物の、ペットボトルと紙パック。
お金を入れて見上げたら、それぞれにウーロン茶があり本気で悩む。ちくしょう。


「やっぱコーラにしてくだせェ」


背後からにょきっと伸びた腕がコーラのボタンを押して、ほどなくガシャンとコーラが落ちてきた。


「…自分で来るなら私が来る必要なかったんじゃないのかな!」

「バカかあんた」

「もう本当、沖田っていつか殺されるよね」

「一緒にサボろうぜ」

「何を言ってるのかな」

「あんたと二人でサボりてェって、そんなことまで言わせんな」


ちゃりん、ちゃりん、と背後から伸びたままの腕が小銭を自販機に投入していく。
ランプがついたところで、沖田が「ほれ」と呼びかけてきた。


「…なに」

「好きなの押しなせェ」

「天変地異の前触れかな」

「赤い顔で言うな。説得力ねェだろィ」


その指先は勝手にウーロン茶を押して、ゴトンとペットボトルのウーロン茶が出てくる。
沖田が屈んでふたつの飲み物を片手で取って、そして、そして、もう片手で私の手を取った。


「沖田」

「屋上にでも行くかィ」

「耳が赤いよ」

「うるせー。黙ってねェとその口塞いじまうぜ」


思わず口をつぐんだ私に振り返った沖田は、すごく不満そうな表情を浮かべて言った。


「そこで黙られると傷つきまさァ」






ハロー、空は今日もこんなに青い。











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