「髪さらさらだねーぇ」
目の前であたしに背中を向けるその人の長い髪の毛を、指先で掬っては緩く編んでほどく。それを何度も繰り返せば、さすがに目の前のその人も訝しげにあたしを振り向いて溜め息をついた。
「…楽しいか?」
さらさらの黒髪、白い肌、切れ長の瞳、細いからだ。女の子みたいで、女の子じゃない。
「うん」
頷いて笑えば、その人は少しだけ考えるように口を閉じて、そしてまた溜め息をはいた。
「…そうか、ならいい」
そしてまたふい、とあたしに背中後頭部を向けて文机に向かう。さらさらの髪の毛を丁寧に編みながら文机の上を見れば、そこに重なる何枚かの履歴書。
「…攘夷志士希望の方たち?」
きれいに編み込まれた髪の毛を左手の指先で押さえ、右手で自分の髪を飾るかんざしを抜き取る。それを持ち直して編み込んだところへ差し込めば、もう目の前にいるのはまごうことなき女性。
「あぁ…って何してるんだ」
また振り向いたかと思ったら、今度はすごく複雑そうな表情になった。
「どうしたの?小太郎」
「お前、さっきまで差してたかんざしをどこにやった」
「うん?」
「あれは俺がお前にやったもので、」
「うん」
「今朝お前の頭にあるのを見て嬉しかったのに、」
「うん」
「…どうしてはずした」
どこから見ても素敵な女性が、あたしを振り返ってお説教。迫力はないけど、色気では負けるかもしれない。
「小太郎にも似合うよ」
「お前より似合う奴なんていない」
まったく、とぶつぶつ言いながら小太郎は自分の頭を飾るかんざしを抜き取ってしまった。すぐにはらはらとほどけてしまう髪の毛は、癖もなくまたさらさらと風に揺れる。
こいこいと手招きされて、今度はあたしが小太郎に背を向ける格好に。小太郎の指先が器用にあたしの髪の毛をまとめあげるその温度はあたたかく、やがて「よし」との声に振り返れば、耳の上でかんざしの飾りがシャランと心地良い音色を奏でた。