口の端にくわえた煙草の灰が風に飛ばされるのを横目に見ながら車を走らせる。
踏み込んだアクセルに呼応する音が冷たいコンクリートに響くのを聞いて、日本の高速を走ったらもっといい音がするんじゃないかと思う。

飲み込まれたCDが奏でるのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番。
この美しい車には、美しい旋律が殊更似合う。

微かに香る皮の匂いに目を細め、アクセントのあるサングラスごしに今迎えを待っているだろう彼の姿を思う。
いつもラフな格好をしているくせに、こういう車だってさらっと乗りこなしてしまうんだろう。

買ったばかりのこの車を、まだディーノには見せていない。
それが益々あたしの欲求を駆り立てた。一体彼はどんな反応をするかしら?

完璧な美しさのアルファスパイダーを走らせながら、最初の一言を想像する。
けれど思い浮かぶ全てが現実味を伴わなくて、すぐにやめた。
彼はいつだってあたしの想像通りのことをしない、それがあたしの中の彼への評価であり、期待でもある。

ただ一つわかるのは、きっとこの車を見た彼は帰りの運転をねだるだろうということ。




先のなくなった煙草を灰皿に押し付けると同時、目の前に見知った金色を捉えた。
その表情が、あたしを捉えるなり驚愕に変わるのを見て満足感を覚える。

車を止めてエンジンを切った。


「おかえりなさい、ディーノ」

「おう、ただいまって、どうしたんだこの車」

「買ったのよ、午前中に納車されたばかり」

「いい車だな、アルファスパイダーか」


驚愕の表情を一瞬でさっと追いやった彼は、それでも子供のようなキラキラした表情で車を見回す。


「ロマーリオは?」

「買い物してくってさ」

「そう」

「で、運転させてくれんだろ?」


あたしの座る運転席のドアに体重を掛けて笑うディーノ。
オープンカーはこんなとき不便かもしれない、なんて考えながらやっぱりここは予想通りか、とため息。
そのため息を了承ととったのか、彼はあたしのサングラスを簡単にはずして、自分の耳に掛けた。
悔しいけれど、恐らくあたしより似合う。


「どうぞ、ボス」


車から降りたあたしと入れ違いにシートに体を滑り込ませるディーノ。
ぎゅ、とステアリングを握ってその感触を楽しんだらしい彼が、助手席のドアに体重を掛けてその様子を見ていたあたしにニヤリと笑って見せた。


「早く乗れよ、ドライブ連れてってやるぜ」

「ドライブに行きたいのはディーノでしょ」


ディーノが「違いねぇ」と軽く笑い、あたしは助手席に体を預けた。
握ったキーを差し込んだディーノが「よっしゃ」とはしゃぐのを横目に見ながら、エンジンに火を入れて唸るサウンドを聴く。
確かにオペル製エンジンは純然たるイタリアンテイストとは違うけれど、それでもアルファチューンが心地よいサウンドを奏でる。


「いいな、これ」

「でしょう?」

「最高だ」


ディーノがアクセルを踏み込んで、あたしの体は重力に任される。
シートに押し付けられた体に感じる奇妙な感覚、背中でギシリと音をたてる皮の匂いが鼻腔を刺激する。

ステアリングを握るディーノの手にはやっぱり気負いなんてものは感じられなくて、部下がいようがいまいが、やはり彼はボスで男なんだと感じた。


「どこに連れてってくれるの?」

「海にでも行くか」

「途中で軽い食事はいかが?」

「当たり前だ」


こちらをチラリと伺った彼の表情は明るく、風に吹かれてあらわになった額が幼い。


「日本はどうだった?」

「あぁ、この車であっちの高速走りてぇな」

「そんな話じゃないわ」


かわいらしいボンゴレ十代目の顔を思い出す。
彼は少し不貞を含んだあたしに気づいたのか、「わかってるって」とくすくす笑って、そして更にアクセルを踏み込む。

ぐん、と加速するレッドのアルファスパイダー。

その運転席で彼はもう一度、「最高だ」と口にした。






世界を嘲笑うほどには大人になれない




「随分気に入ったのね」

「あぁ、いい車に、趣味のいいBGM、そんで隣に好きな女がいるんだ。…最高だろ?」


悪戯な表情で笑うディーノとサングラス越しに目が合う。

車は滑らかにスピードを落とし、ささやかな美しさのレストランへと滑り込んだ。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -