「ん、」
ずい、とこちらに伸ばされた腕。その手のひらは固く握られたまま。
「…ん?」
いやいやいや。こいつは何がしたいんだ。あたしはただ雑談をしにきただけだ。ケーキというお土産を持って。
しかし目の前のスパナは不機嫌そうな表情。そしてあたしを見ない。え、なんの仕打ち?あたし何かしたっけ?伸ばされたままの拳を見つめてオロオロ。なんだ。なにが入ってる。その拳の中に何がある。
「……」
「……」
沈黙が痛い。え、ほんと何。いつもなら作業の手を止めてあたしをちゃんと見て雑談に付き合ってくれるのに!
「…これ、やる」
えぇぇ…やるって言われてもそんな、なんだか得体のしれないもん寄越そうとするなよ。もしくはもっと優しく差し出してくれればあたしだって笑顔で受け取れるのに何?なんの嫌がらせが仕込まれてるの?
「…とりあえず、ほら、甘い物でも」
食べませんか?…と。なんであたしは敬語なんだ。なんだこの空気。今一瞬で凍り付いた。え、やっぱ受け取らなきゃダメ?ダメなの?ねえねえちょっとこっち見てよ。
「…アンタ、なんでケーキ持ってきたんだ」
え?突然それ?なんの脈絡もないよね?
「いや、スパナ疲れてるだろーなー、と。疲れてる時には甘いもんだよなー、と。」
「……」
「……」
再び沈黙。だからなんなんだ!結局スパナは何がしたいの!
「ほんとにそれだけか」
「…え、何が」
はぁ、目の前でスパナが溜め息をつく。いい度胸じゃねーか。溜め息つきたいのはあたしの方だ!
「そのケーキ、ウチが全部食べる」
「…は?」
折角持ってきたのに!あたしだって食べたい…ん?…ん?
スパナがどこからか取り出した白い箱。パカ、スパナが箱をあけたら、小さめのホールケーキ。
「……ん?」
「アンタはこっち食べて」
スパナがあたしの持ってきたケーキを奪い取る。代わりに目の前に置かれたケーキ。そしてスパナが拳の中の小さな箱を逆さまにした。
ぽとん
床に落ちたのは、淡い紫色のセントポーリアの花だった。
愛のよう