罠を張って待っていられる程余裕じゃない。かと言って全力で追える程若くもない。
「親方様、プレゼントは何がいいですか?」
「なまえ、」
「はい?」
「だから、なまえがいい」
「…バッカじゃないですか!」
赤い顔を強張らせて俺から視線をそらす姿を視界に入れながら、ほんとのことなんだけどなぁとか本来は考えちゃなんねーことを考える。
視界の隅では強張っていた表情を悲しそうな表情に変える姿。握る両手は震えている。なまえは俺を見ずに部屋を出た。
彼女の心が手にとるようにわかる。これまで遠ざけて来たのは他でもない俺自身なのに、今や立場が逆転。かつて周囲の目も気にせずに俺に抱き付いたりキスしてきたなまえはもういない。
「…ガキか」
無意識に口から零れたセリフ。勿論なまえに対しての言葉じゃなくて、俺自身に向けた言葉。
散々遠ざけて、傷つけないようにと傷つけて、
「…今更、ってか」
人差し指で緩めたネクタイを一思いにほどき、襟から抜き取った。黒いネクタイを片手で丸めるようにしてデスクの上に放る。
背もたれに体重を掛けて、天井を仰ぐ。
距離の取り方がわからないガキのように、突っ走れたらいい。
ガチャリと開いた扉に目だけを動かせば、俺とは目を合わせないなまえがいた。その手には小さなトレイ。香りからしてなまえはコーヒーを持って来てくれたらしい。
「…コーヒー、持ってきました」
頼むから泣きそうな顔すんな。そう言って抱き締めたい。
デスクにカップを置く指が震えている。細い指。整えられた爪。
思わずその指を掴めば、カップが倒れてデスクを汚した。
「っ親方様!」
「…なぁ、なまえ」
「書類、」
「書類と俺と、どっちが大事だ」
「何、を」
書類を染める液体がぽたりぽたりと床に落ちる。熱いコーヒーが俺の膝にも容赦なく降り注ぐ。
「、なまえ」
「親方様はどういうつもりなんですか…?!期待、させないでください…」
震える指先。震える声。頼むから、俺の前で泣かないでくれよ。
「期待させてんじゃねぇ。…本気にさせてんだ」
やっと交わった視線が、なまえの涙で滲んだ。
コールドゲーム
泣かないでくれよ。怖がらないでくれ。
なぁ、それでも、好きになっちまったんだ。
だから、なぁ、
今日俺にお前をくれねぇか。