「ボス」


そう呼ぶのを彼女は嫌がる。
と、人づてに聞いた。

しかし俺が彼女に直接言われたわけではない。
つまり俺は彼女を「ボス」と呼ぶ。

そしてまた、俺も一ファミリーのボスなわけで。

俺たちは奇妙なことに「ボス」と呼び合う。


「さて、そろそろ頃合かもしれないね」


知り合って早数年と数ヶ月。
互いにいい関係を築いてきた、と思う。

その彼女の表情が最近曇っているなぁ、とは勿論気づいていた。

そしてその原因も、恐らく俺は気づいている。
恐らく、というのもそれが事実だとはまだ決まっていないからだ。

ロマーリオが口にしたのは、俺たちにとって火種になるであろうこと。

つまり。


「…どっかのファミリーのボスと、結婚するって聞いた」


彼女のセリフを皮切りに、俺はそんな言葉をぶつける。

一年に一度の誕生日に失恋かよ、そんな自虐的な思考を繰り返しながら、彼女と過ごした日々を思う。

ファミリーのボスがいつまでも独り身でいるのもどうなんだ、と。
それはわかる。俺も言われるし。

でも、彼女のファミリーとキャバッローネは密接な付き合いがあって、それなりに仲良くしてて、ボンゴレにも贔屓にされてて。

つまり。


「そう、…いや、正確には、検討中ってとこかな」


同盟を組んでいるわけでもないが、彼女がもし、ボンゴレやキャバッローネと敵対するファミリーと婚姻関係を結ぶとすれば、それは明白な裏切りにもなりうる、ということだ。


「どこの、」


ファミリーと、と聞こうとして開いた口だったが、その口は彼女の人差し指で塞がれてしまった。


「心配してくれてるの、ディーノ?」


にっこり。
まさにそんな形容詞が当てはまる彼女の笑顔。

いや、しかしだな。
今のどこに問題があるかといえば。


「ふふ、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔、してる」

「、だって、お前、今俺のこと、名前で」


やべ。どもりすぎた。
俺かっこわりい。


「あたしね、ディーノにボスって呼ばれるの、特別好きだった」


俺の後ろに控えていたロマーリオが、銃を手に握る気配がする。
同様に目の前では彼女が銃を取り出し、テーブルの上に置いた。


「なまえ様、」


彼女の背後では困惑した表情の側近が、おろおろとするばかり。


「…何のつもりだ」


やっと搾り出した声は震えていた。


そして彼女が、俺から視線を背ける。





「あーぁ、もっとたくさんやりたいことあったんだけどなぁ」









「さてディーノ、」

「無理だ。お前が俺たちの火種になる可能性があっても、俺はお前を殺せない」

「うんそうね。だから、ちゃんと考えて欲しいの」

「な、にを?」

「あたしと結婚してくれる?」


視界の隅ではロマーリオが笑って銃を捨てた。


「で、一体突然どうしたんだよ、ボス」


返事を一時保留にして、聞く。
特別好きだと言われたら、そりゃあ名前で呼ぶよりボスって呼びたいじゃねーか。


「うん。妊娠しちゃって」


うん?ニンシンシチャッテ?
ニンシン、しちゃって?


「妊娠?!」


彼女の背後では、純情そうな側近が頬を赤らめている。


「うん?あれ、心当たりない?」

「いや、めちゃくちゃあるけど、って」


そこまで言うと彼女の側近は益々顔を赤らめた。
やばい。俺ほんとかっこわりい。

あー。頭をがしがし掻き回す。
心当たり、心当たり、ありすぎるほどある。
でも、あれ、いつの?
目の前ではボスがニコニコしながら、お腹を撫でた。


「ね、素敵な誕生日プレゼントでしょ?」




背後のロマーリオが放ったセリフは、この際聞かなかったことにしておこう。


「…見損なったぜ、ボス」




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