「すきですか」

「嫌いです」


もうすっかりお馴染みの会話を紡ぐ帰り道。口癖のように笑うあたしに、いつからか勝負事のようにあれこれと挑んで来るのはかわいい後輩でした。
後輩ははちみついろの髪の毛をふわふわさせて、話題のミステリー小説だとか、人気のケーキだとかをあたしにちらつかせて笑います。


「すきですか」

「嫌いです」


でもあたしはいつでも笑って言うのです。いくらかわいい後輩でも、あたしは嫌いだと言うしかありません。きみが好きなものはみんな嫌いだよ、とそんな簡単なことを笑顔で言うのがためらわれます。


「じゃあ先輩は何が好きなんですか」

「なんでしょうね」


拗ねたように尖らせた唇がかわいらしくて、それは思わずくちづけてしまいたいくらいかわいらしくて、あたしは笑顔のまま後輩から目を背けました。


かわいい後輩は、とあるファミリーのこどもです。
そしてまたあたしも、とあるファミリーのこどもです。

でもあたしには兄がいるので、ファミリーを継ぐのはあたしではありません。つまりあたしはファミリーをより強固にするための道具です。


「先輩、家まで送りましょうか」

「いいえ、車は嫌いです」


ヘーゼルの瞳がかなしそうに細められました。あたしはこのかわいらしい後輩の、この瞳に弱いのです。


黒いスーツはあたしの家でもよく見る姿です。眼鏡をかけた男性が優しく笑い、後輩を黒い車に乗せました。そしてまた、その男性もあたしが車に乗るのを待つように、車の扉に手を掛けて微笑んでいます。

あたしは、とあるファミリーのこどもです。そして、そのファミリーの駒でもあります。

どうしたらこのかわいらしい後輩を巻き込まずに済むでしょうか。


「車は、嫌いです」


うまく笑えたでしょうか。車の中で泣きそうな顔をする後輩に笑顔で手を振ります。

去って行く車を見送って、あたしは溜め息をつくのです。




あなたが好きなものは、あたしも好きになってしまうから。



ディーノくんがボスになったのは、それから半年後のことでした。



泡沫



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