左手薬指に嵌まったシルバーのリングをなぞる。
カーテンの隙間から覗く朝日に一度キラリと反射して、叫びだしたいくらい悲しくなった。
這い出るようにしてベッドを後にする。リビングに続く廊下を歩く。ヒヤリと裸足の脚裏に温度がしみる。リビングに人の気配はない。
冷え切ったドアノブを握ってドアをあけた。当然そこには誰もいない。唯一の痕跡は、点いたままの電気だけ。
ガラス製のテーブルの上、置かれたメモにはいつも通り仕事があるから早く出る、ということと愛の言葉が。
それがただの文字の羅列でしかないということに、あたしはいつ気付いてしまったんだろう。
ふかいふかい闇の中。お互いの体温を一番近くに感じてたあの空間で、ディーノは確かにあたしじゃない女の子の名前を呼んだ。ちいさく、ちいさく。
恐らく聞こえていないと思ったのだろう。その時のあたしの心を見せてあげたかった。
許せなかったのは浮気したことじゃなくて、それを隠して何もないような顔であたしに触れていた指先だった。
リングをもう一度なぞる。3年。短いようで長かった。はずそうとして、一瞬思いとどまる。一緒に選んだリング。一生つけていられるようにと決めたシンプルなデザイン。内側に刻印された文字にはどんな意味があったっけ。
右手の親指と人差し指でリングを一思いにはずして、テーブルの上に放り投げた。コロリと倒れた先はメモの上。
今まで一度もはずしたことのなかったリング。それがあった場所は、少しだけアトがついていた。
ディーノ。ねぇ、ディーノは結婚してから、リングをはずしたことある?あたしは一度もはずさなかった。はずせなかったよ。でも、ディーノは違うんだよね。だって、外泊した次の日たまにリングするの、忘れてる。
『 指 』
いつも同じ甘い香水の香りを纏って帰ってくる。その笑顔は変わらない。あたしに触れる指も変わらない。
ディーノはその子を抱くとき、リングをはずす。
(それはつまり、本気だと言うことじゃないだろうか)
(リングの内側には、かつて永遠の愛を意味した羅列)
毎日、仕事の前にリングにキスしていたあなたは、もういない。