煙草のフィルターを前歯で軽く噛む。そのまま吸い込んで、紫煙を吐き出す。


「…あー生き返る…」


それでなくともこの場所は息が詰まる。平和主義者に構築された日の当たる屋敷内。あたしにはあのヴァリアーがお似合いなんじゃないかとすら思う。まぁ戦力外通告されそうだけど。

そんなあたしが見つけたのは屋敷内の隅っこに位置するこの部屋。自分の部屋でさえ何故かプライバシーが守られず、いつも誰かがノックもなしに侵入してくる。まさか一階の、こんな埃まみれの倉庫にいるとは誰も思わないだろう。


軋んだ窓から差し込む日の光に埃が反射している。ついでに口から吐き出した紫煙にも反射している。そんな光景をぼんやりと見つめながらちらと腕時計を見れば、そろそろあたしが部屋を出て30分経過。そろそろ戻らないと騒ぎそうだな。くわえていた煙草を携帯灰皿に押し付けて、最後の煙を肺から大気へ押し出した。

何も考えずにドアノブに手をかけて、回す。


「…よぉ」


…ドアノブを握ったまま引き寄せる。ガツン。閉じようとした扉の隙間、足元には男物の靴が少しだけ侵入している。マズい。あたしのサンクチュアリに異物が!


「…ディーノ、えぇと、ご機嫌いかが?」

「悪くはねーな。誰かさんから煙草の匂いがすんのは気に食わねぇけど」

「……」


目の前では僅かな隙間からあたしよりも一回り大きい手が侵入してきている。扉に手をかけて笑うディーノ。ごめん。怖いからとりあえず扉閉めさせてくれないかな。


「煙草は吸うなって」

「あーあーあー聞こえない」

「お前なぁ…!」


耳を塞いで目を背ける。ドアノブが解放されたのを見たディーノが、扉を開け放つ。なんなんだ。いいじゃないか煙草くらい。


「なんでダメなの!ロマーリオだって吸ってるじゃん!」

「ロマーリオはいんだよ!どうせもう棺桶に片足突っ込んでんだ」

「…そりゃねーだろ、ボス」

「………あらロマーリオ、ご機嫌いかが?」

「最悪」


日の当たる眩しい屋敷。目の前で明らかにヤバい、という表情を浮かべるディーノの後ろではロマーリオが少し切なそうな顔をしている。耳に届くのは、広間からのボスの帰還を告げる声。


「…ほら、ツナさんも帰ってきたことだし」


一時休戦としましょう、と2人の背中を押して倉庫から出る。大体にしていくら同盟ファミリーと言っても他ファミリーの人間が屋敷内を好き勝手にうろつくってのは考え物だと思う。今夜ツナさんに進言してみよう。どうせニコニコして言うんだろうけど。「君もだろ」って。


「…なまえ」

「…何、煙草はやめないよ」

「………」


視界の奥では丁度ツナさんが屋敷に入ってきたところ。後ろに控えるのは獄寺と山本。相変わらず言い争いしている。そしていつも通り、獄寺は煙草を吸っている。


ずきん


痛む胸に気づかないフリをして、ポケットの中の煙草の縁をなぞる。同じ銘柄の、唯一の。


「…なまえ、もう、戻って来いよ」


あたしの視界を塞いだ大きな手のひらは、微かに震えていた。








意味を知る





「キャバッローネに、…俺のとこに戻ってきてくれよ…」


塞がれた視界の隙間から見える、笑うその人を見ないフリできたなら、あたしはきっとこの人の涙を拭えるのに。

震える視界で、そんなことをぼんやりと思った。




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