愛してる。愛してる。世界で一番。
手をつないでキスをして抱き締めて、腕の中でプロポーズ。今すぐには無理だけど、いつか、と約束。
すぐに彼女とイタリアへ渡る予定を立てて、そして。


俺は、誓ったんだ。これから先ずっと、彼女だけを見よう、と。



「、ロマーリオ、なまえ、は」


息をきらせて屋敷へ帰る。広間に駆け込んだ俺を見つけたロマーリオは、なんともいえないような表情で俺のそばへと駆け寄ってきた。その眉間の皺だけが俺によくない事実を伝える。


「…ボス、なまえ嬢の部屋に早く」

「なんなんだよ、なまえが俺を残して死ぬはず、」

「違ぇよ、…生きてる。生きてるんだ、」


出先に入った連絡では、ロマーリオの更に下の部下が焦っていた。「なまえさんが、なまえさんが」と泣きそうな声で繰り返すのを聞いて、先方に頭を下げて飛び出してきた。

だからまさかと思ったが、どうやら最悪の事態は免れたらしい。


「…じゃあ、なんだよ…」

「…心の問題だ、」


ガチャリ。
音をたててあけた扉の向こうには、ソファに座ってぼんやりと窓の外の庭を見つめるなまえと、白衣に身を包んだ医者がいた。


「ディーノ様、」

「なまえは、どうしたんだ」

「…昏倒とうわ言を繰り返しておられます」

「うわ言?」


なまえの方に向き直る。その黒い瞳が俺をうつしたかと思えば、そこからこぼれたのは大粒の涙だった。


「なまえ、なまえ…どうしたんだよ…」

「桜が見たいの。温泉に入って海が見たいの。七夕に夜空を見上げて、秋には庭で焼芋を作るわ。タチアオイがてっぺんまで咲いたら夏がくる。」


ポタポタ。
涙は止まらない。
あぁ、つまりなまえは。


「…日本に、帰りたいのか」


なまえはそれきり黙って、そしてソファに倒れこんだ。


「…ディーノ様」

「…なんだ」

「なまえ様は、日本に帰りたいとは一言も申しておりません」

だって、桜も温泉も七夕も焼芋もタチアオイも、全部日本のもんじゃねぇか。
あの笑顔を守る為にイタリアに連れてきたのに、俺はしばらくなまえの笑顔を見ていない。


「…ボス、違うんだ。」

「何がだよ!」


思わず声を荒げてしまう。ハッとして手で口を覆い、ソファで眠るなまえを見やった。変わらずなまえは気を失っているようだ。医者がなまえの細い腕に点滴の針を刺す。


「ボス、落ち着け、」

「なんでロマーリオはそんなに落ち着いてられんだ」

「…ボスにしか、治せない」

「…なに、を」


ロマーリオの表情は真剣だ。医者も俺を見つめる。


「ボス、最近なまえ嬢の笑顔を見たことあるか?」

「…ねぇよ」

「あるわけないんだ。…だってボスは最近、なまえ嬢と会ってもねーんだからな」


記憶を手繰り寄せる。
どれだけ掘り返しても、言われたとおりなまえと話した記憶が薄い。


「…桜も、温泉から見た海も、七夕に夜空を見上げたのも、庭で焼芋を作るのも、タチアオイが先まで咲くのを見ていたのも、全部ボスが隣りにいるなまえ嬢の記憶だろう…!」


いつもは穏やかなロマーリオの語尾が一瞬強くなった。

ソファで眠るなまえの頬には涙のあと。なまえはどれだけの時間を一人で過ごして泣いたのだろうか。


「…俺、は」


なまえだけを見ていたつもりだった。でも、


「なまえだけが、見えてなかったのか、」









掛け違えたボタンを直せなかったこども







「、なまえ…待たせてごめんな、…愛してる」


ソファの上、薄く目をあけたなまえの瞳が揺らいで、笑んだ。

久々に抱き締めた身体からは、懐かしい香りがする。




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