恋人に殴られた。…恋人というか、元・恋人に。正直俺が何した、とか思ったけど言わないでおいた。(それで彼女の気が済むなら、さ)頬にくっきり浮き出てるだろう手のひらのかたちの赤い腫れをさすりながら、屋敷に戻る。運転席のロマーリオが「やれやれ」というような目でたまに俺に見る。彼女に言われたのは「私とファミリーとどっちが大切なんですか」という質問?だった。今時安っぽいドラマでも聞かねーよな。なにが問題だったのかって、その時俺思っちゃったんだよな。「俺、この子のどこが好きなんだっけ」って。もう終わりだろ?そんな風に理由付けしないともうダメなくらい、俺は彼女のことが好きじゃなくなってたってことなんだ。


車が完全に停まったのを確認して車から降りる。憂鬱だ。何が憂鬱かって、好きか好きじゃないかわかんない子を抱き締めて「好きだ」って言ってたっつー事実。いつから俺の気持ちは彼女から離れてたんだろ。思い返してみれば最初っからレンアイじゃなかったような気すらする。(あぁもう)


屋敷の扉があく。中に入る。…と、そこにいたのはなんつーか、秘書、だった。(秘書としか言いようがないけど秘書と言うには強すぎる)


「…随分ご機嫌ね」

「…どこがだよ」

「…頬の腫れが、かしら」


嫌味か。嫌味なのか。溜まった書類押し付けて「恋人が呼んでるから」って飛び出した俺に対しての嫌味だろ。


「悪かったよ」

「…?何が」

「(ん?) 仕事、」

「…あぁ、いいのよ。それでこそ我らがボスよ」

「(褒められてんのか?) だって、今の嫌味じゃねーか」


わざと赤いだろう頬をさすりながら、彼女と2人並んで執務室へと足を進める。少しふて腐れながら彼女の顔を伺ったら、彼女は何とも言えないような表情をしていた。…嫌味って言ったことを怒ってんのか?段々と彼女の眉間に皺が寄る。え、怒ってる?かと思えば眉間の皺は一気になくなり、彼女は溜め息をついて普段通りの表情になった。…あれ?自己完結?


「すぐに冷やすもの持って来ます。今日は少し休んだら?書類は全部終わってるから」

「…え」

執務室の扉を開いてデスクの上を見る。そこにあるはずの書類の山はその影もなく、すっきりとしている。


「…悪ぃ、」

「いえ別に。」


執務室の隅のソファに身を沈める。やっぱ俺に必要なのは、俺を好きな子じゃなくて、俺を理解してくれる子だよな。

やけに綺麗に片付いたデスクを見ながらぼんやり考える。


「ボス、濡れタオル」

「…あぁ、サンキュ」


ひんやりと冷たい濡れタオルを受け取る。それを頬に当てるが、あまり冷たく感じない。


「…冷たくねーな」

「熱を持ってるんでしょう」


どれどれ、と彼女の手のひらが俺の頬に重ねられる。ドキドキする。な、なんで!今さっき別れたばっかなのに俺最低だ!

頭を抱えて唸る。葛藤だ。最低だ!すぐ次!なんてできねーって!


「…随分ご機嫌ね」

「…だーかーらー、どこがご機嫌そうに見えんだよ」


………。ちらっと扉に寄り掛かってるロマーリオを見る。目が合ったロマーリオが手を振って部屋から出て行った。なんなんだ。


「…なまえ、」

「はい?」

「ご機嫌って、」

「あぁ、ボスが、じゃなくてあたしが、よ」


ひらめいたようなその表情。どういう意味?俺はそれをどう受け止めればいいんだ?


「なまえが、って」

「うん。あまりにも頬の手のアトが痛々しいから」

「うん?」

「遠慮しないことにしたの」


にっこり。笑うなまえ。俺は彼女のその視線に、狙われた獲物のように動けない。








静かな恋をはじめましょう。




「…ロマーリオ」

「どうしたボス、なまえと付き合うことにでもなったか?」

「(?!)…いや、なまえに宣戦布告された」

「…ククク…」

「…なんだよ」

「…ボス、顔…耳まで真っ赤だぜ」





(結局なんで俺があの子と付き合うことにしたかって?なまえが「付き合ったら?」って言ったからだよ!)




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