突然だが、あたしはアンバランスな食べ物が嫌いだ。
しょっぱいものの中にすっぱいものとか、あまいものの中にしょっぱいものとか。
一番嫌いなのは、イチゴのショートケーキだ。
「ごめん、…ごめんな」
あたしよりずっと痛そうで、辛そうな顔をしたボスが、口元をゆがめてあたしの頭をぽんぽんと叩く。
いつもいつも部下がいないとへなちょこのくせに、やっぱりこんな時はまっすぐで、真摯なんだ。
堰を切ってあふれ出した想いに出口がないことくらい、最初からわかってた。
わかっていたけど、どうしようもなかった。
わかっていたから、出口を作ってあげることにしたんだ。
ボスはあたしの気持ちを受け止めてくれた。
でも、受け入れてはくれなかった。
それでもいいと思ったのは事実で、あたしはそれからもずっと、今までと変わらない距離を保ったまま生活する。
卑怯者、毎晩毎晩、ふかふかのベッドの中で自分を蔑む。
ロマーリオさんは、ぼうっとしたまんま涙の一滴も零さないあたしを一瞬も責めなかった。
毎晩毎晩、あたしの部屋にあったかい紅茶をもってきてくれる。
一緒にカップ1杯の紅茶を飲むけど、その間中しゃべってるのはいつもロマーリオさんだけだ。
それでも、ロマーリオさんはあたしを責めたりしない。
「なまえは、偉いな。それでもちゃんと仕事してる」
ロマーリオさんのその言葉は、思いのほかあたしの心に重く圧し掛かった。
だって仕事ができない人間なんて、ここにいられないでしょ。
ボスの傍に、いられないでしょ。
諦めはいいほうだと思ってたけど、そんなことはなかったみたいだ。
あたしはまだボスのことばっかり考えてる。
仕事中、たまにボスはきまずそうな視線をあたしに向ける。
あたしはそれに気づかないふりをして、さりげなくボスの視界からはずれる。
つとめて、明るく振舞っている。
いつもどおり、笑って。
でも、いつもどおりって、なんだろう。
「ボス、ボンゴレから手紙です」
ボンゴレに所属する下っ端の少年が大事そうに持ってきた手紙を受け取り、ボスの執務室の扉をあける。
応接室に少年を通し、冷たい飲み物とケーキを出してある。
少年は瞳をキラキラ輝かせながら「ありがとうございます」と笑った。
「…おう、サンキュ」
一瞬の間のあと、ボスがあたしに手を差し出した。
触れるか触れないか、そんな距離に手を差し出せない。
あたしは笑顔のまま、差し出された手を無視して、ボスのデスクの上に手紙を置いた。
「ボンゴレの使者を応接室に待たせてあります。お返事を書かれるのでしたらそのように」
さすがにこれは、ロマーリオさんに見られてたら怒られるだろうな。
その日の晩、ロマーリオさんがあたしの部屋に持ってきたのはイチゴのショートケーキ。
いつもどおりのティーカップが2つと、ケーキが2つ。
ロマーリオさんの笑顔は、やっぱりやさしい。
「疲れたときには甘いもんだ」
あたしが前に、ボスにもらったイチゴのショートケーキをほんとうにうれしそうに食べてたのを知ってるんだ。
うれしかったのは本当だけど、でも、本当は嫌いなんだ。
無言でケーキを受け取る。
フォークですくって、ひとくち、
ポタンと零れた涙に、ロマーリオさんが初めて焦ったような、素っ頓狂な声をあげた。
アンバランスな食べ物が嫌い。
一番嫌いなのは、イチゴのショートケーキ。
あまくて、すっぱい。
だって、この恋によく似てる。
饒舌な夜更けにあいのうた
こんな夜に沈んだら、もう二度と浮き上がれないような気がするの。
「あたし、まだ ボスが好き、だ 」