それはそれは静かな夜でした。
星も月も真っ黒い雲に覆われて、見渡す限り暗い夜でした。
もしも絶望が目に見えるなら、きっとこんな光景を言うのだろうと、そう思えるほどに静かで暗い夜でした。


幼いころに経験した、迷子の帰り道を思い出します。
容赦なく暗くなっていく空、冷たくなっていく空気、そこかしこで瞬く団欒の明かり。


これがきっと、心細い、というのでしょう。


背後から漂う硝煙の匂いに吐き気を覚えながら、着崩れた上着を着なおします。
頬に張り付いた髪の毛に指を伸ばしたら、ぬるり、と何かに指が滑ります。


私はそれに気づかない振りをして、重い足を進めます。


もういちど 会いたいんです。


それはそれは静かな夜でした。
もしも絶望を絵にしたら、こんな光景なのだろうと、そう思えるほどに暗い夜でした。


暗い空と黒い地面に溶けるようにして、あたりを包んでいるのです。















「ボス、報告があったぜ…殲滅に成功したらしい」


「……」


「ボス?」


「いや、何か、胸騒ぎがすんだ」


心の奥で何かが悲鳴を上げてるような、そんな気持ち悪さ。
早鐘のように打つ鼓動は、悪い未来を連れてきそうなほど不吉だ。

なぁ、早く、帰ってきてくれよ。
俺をその腕で抱きしめて、愛してるって言って。
笑って、俺のこんな不安を根元から取り去ってくれ。


「…なまえは、無事に脱出できたのか?」


元々は俺の甘さが生んだ事態。
かくして対立ファミリーは、俺の女を誘拐することに成功。

でも敵対ファミリーは知らなかったらしい。
なまえが、キャバッローネきっての諜報員だということを。

なまえは誘拐された。名目上は。
誘拐されたと見せかけて、内部の情報を手首に埋め込んだチップから発信し続けた。


危険だけど、なんて。
お前の力が必要だからとは、もう二度と言わねーから。
だから、これからはずっと、俺にお前を守らせてくれよ。

ずっと言えなかったそんなセリフを、喉の奥で飲み込んだ。








その声は恐らく、あなたを呼んでいた






幼いころに経験した、迷子の帰り道を思い出します。
容赦なく暗くなっていく空、冷たくなっていく空気、そこかしこで瞬く団欒の明かり。


欲しいのは、「おかえりなさい」と私を呼ぶ声でした。







胸騒ぎがパタリと止んで、代わりに訪れたのは、不気味なほどの静寂だった。
窓の外には星も月も見えない。
真っ暗な闇に溶けてしまいそうな世界が浮かんでいる。


「ボス、地下室で、なまえの死体が、見つかった、って」


携帯を耳に当てたままの格好で動かねーロナーリオを置いて、何も考えずに部屋を飛び出す。
扉を出た俺の足の裏に感じた違和感は、


「…ボス、それ、」


俺がなまえにやった、指輪、だった。


「…、なん、だよ、なまえ、」


拾い上げたシルバーのリングに付いた血液。
微かに感じる、なまえの温度。



「かえって、きたのか、…っなまえ、おかえり」



真っ暗な絶望の中で、その指輪だけが輝いて見えた。











絶望を形にしたら暗闇になりました。
希望を形にしたら、きっとあなたになるのでしょう。




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