命令する男に、遂行する女。
子供だましのような死んだフリを信じ込んで、目標を完全殲滅させずに帰ってきたこともあった。
予想が甘かったために敵に傷を負わされ、瀕死の重態に陥ったこともある。
屋根の上で酒を呷り、コロンと庭に落ちたこともあったし、
奇襲作戦の日時を間違えて、いつまで経ってもこない応援に焦り、結局50人程の敵をたった一人で殲滅させたのは最早伝説だ。
そんな女だった。
失敗するたびに、怒鳴られる。
しゅんと小さくなって、涙を零すまいと歯を食いしばる姿に、いつだって負けるのは上司だった。
そして、その上司は現在逡巡していた。
自分の言った、何気ない一言が、彼女の逆鱗に触れたらしい。
らしい、というのは、それが定かではないからだ。
彼は何気なくかけた言葉だったし、他の部下からしたらそれは褒め言葉だったはずだ。
それが、何故か。
その言葉を聞いた彼女は、怒鳴り、震えて、涙を零した。
数人が彼女を止めに入った。
失敗して、敵に腹をえぐるように斬られた時も発砲された銃弾がその白くて薄い肩に銃創を作ったときも、決して涙なんて零さなかった女が。
何故、泣いたのか。
何故、変わってしまったのか。
「随分、手際が良くなったな」
その言葉に彼女は叫んだ。
手際が良くなった?
人殺しの手際が良くなって、あなたは何がそんなに嬉しいの。
もしくは彼が、それを笑顔で言ったことが彼女にとって最も重要視すべき問題だったのかもしれない。
部下にかける言葉として、態度として、それは確かに間違ってはいなかった。
0を生んだ思考
彼は逡巡していた。
彼女は最早、この組織にいられる思考を持ち合わせていないのだと。
そう、理解してしまったからだ。
だからこそ逡巡していた。
それを部下は、彼女を殺すかこのまま使い続けるのか、逡巡しているのだろうと推測する。
彼は、逡巡していた。
大切に仕舞った、彼女の左手の薬指のサイズの指輪を脳裏に浮かべて。