テラスで煙草を吸う。
たった2口吸っただけの煙草を潰して、また手持ち無沙汰に、そして無意識に新しい煙草に火をつけた。


「なまえ、どうしたの」


背後から聞こえたのはオレガノの声。
振り向かずに「べつにー」とだけ気のない返事をしたら、オレガノがため息をつく気配がした。


「…オレガノ、仕事中じゃないの?」


火のついた煙草。今度は無駄にしないように吸いきろう。
テラスの柵にもたれて、背後のオレガノに言う。


「休憩よ」


オレガノは、きれいだ。
女のあたしから見てもそう思うんだから、きっと男の人なんか一発なんじゃないかな。

じりじりと長くなっていく灰が、風に吹かれてどこかへ流れる。
そのかけらが袖について、こすったら広がって汚くくすんだ。


「なまえ…最近、何かあった?」

「…なにが」

「…知らないわよ。言い出したのは親方様だもの」


口にくわえていたはずの煙草がテラスに落ちた。
今度こそ完全に沈黙してしまったあたしと、今度こそ何かに気付いたらしいオレガノ。
まだ火のついている煙草が足元で煙をあげる。


「…なまえ、」

「なに」

「親方様と、何があったの」


つま先で煙草を踏み潰す。完全に火が消えたことを確認して、屈んでその吸殻を拾い上げた。


「…べつに、なんもない」

「何もない、って態度じゃないわよ」


あたしは親方様の部下で、一生あたしはこの人についていこうと思ってた。


「…あたし、ボンゴレにいくんだ」

「……は?」


突拍子もないことを言った。ずっとぐるぐるしてた感情が、もうそこまで出掛かっている。


「ボンゴレにいるほうが、安全なんだって」

「ちょっと待って、それ、親方様が言ったの?」

「そう、もう、手続きは済んでるって」


オレガノがこっちに歩いてくる音がする。低めのヒールが奏でる音。
オレガノは親方様の秘書もやってて、たぶんこの門外顧問チームの中では一番親方様に近いところに長くいるんじゃないかな、と思う。


「なまえ、」

「…あたしは、なんの為に頑張ってたの」


ほんの少し前まで、あたしたちの間にあったはずのささやかな恋愛感情。ちいさな秘め事。
共有することが許されていたはずの空間が、一瞬で消えてしまったような感覚。


「、私から親方様に」

「たぶん、もう覆らない」

「でも、あんまりだわ」


オレガノの顔が見れない。きっと見たら全部溢れてしまいそう。
あたしたちの関係を知る、唯一のひと。


「あたしは、必要ないの」

「そんなこと、」

「もう、終わりなの」


あたしにできることはなんだろう。
あたしの何がいけなかったんだろう。

考えても考えても答えなんかわからなくて、一番最後に親方様と目を見て話したのはいつだっけ、なんて無様なことを思う。


「オレガノ、親方様に伝えてね」

「何バカなこと」

「あたし、それでもやっぱり親方様が好きなの」






ネイビーに染まる明星







「親方様、何故ですか…なまえを、」

「…これ以上俺の元にいたらきっと、俺はあいつを壊しちまう」

「あの子が、」

「あそこなら、俺よりもっといい男がいる」

「あの子がどれだけ親方様を好きか、考えたことがありますか」


親方様は私と決して目を合わせようとはしない。
どうして、こんな風に糸は複雑に絡み合ってしまうんだろう。

最初からこんな関係を咎めていたら、何か変わったのだろうか。

それでも、常識とか一般論なんて必要ないと思えるくらい、お互いがお互いを必要としている関係だと信じていたのに。


「それならどうして、あの子の気持ちを受け入れたんですか!」


一瞬強くなった語尾。けれどそれを訂正する気も、謝罪する気も湧いてこない。
傷つくことを覚悟して想いを伝えたあの子を想うのなら、最初から受け入れなければよかったのに。
どうして男ってこうも身勝手なの。


「……、」

「…本当は、他に理由があるんじゃないんですか…!」


あからさまに態度の変わった親方様を見た数日前。
思えばその後からなまえも変わってしまった。


「…ボンゴレ狩りが始まる」







ネイビーに染め上げた月光







「…これが、オレガノから聞いた全て」

「すべて、」

「ビアンキ、あたしは間違ったことをしたのかな」


身勝手だと思う。
あたしの気持ちを知っていて、あたしを抱きしめておいて、

それなのに

あたしに一緒に行くことすらも許してくれなかった。


「、現時点で、門外顧問チームの消息は不明よ」

「知ってる」

「なまえ、あなたは覚悟ができているの」


光の射さない地下。あの人の息子となんてまともに顔を合わせられるはずがないから、離れた場所に構えた部屋で過ごす毎日。

思い出すのは体温ばかり。あたしの名前を呼ぶ、低くかすれた声。

あたしに思い出ばかりを残して、それなのにあたしを手放した。

願わくば、その理由をその口から聞きたいの。


「…あいたい」








ひび割れたネイビーに告ぐ







『なまえ、なまえ、』

『なんですか、家光さん』

『いや、用はねーけど』

『…』

『俺、お前が振り向く顔が好きなんだよな』

『…なんで?』

『…世界一、かわいいから』

『…よくそんな恥ずかしいこといえますね』


目を閉じれば鮮やかに蘇る懐かしい日々。


あぁ、なんていとしい。



あたしに一緒に行くことすらも許してくれなかった
あたしに一緒に逝くことすらも許してくれなかった



ただひとりの いとしい ひと。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -