響く銃声を背中で聞く。
胸に手を当てなくてもわかる。
その鼓動は確かに迫り来る恐怖を刻んでいた。
沸騰した血液が逆流しそうな螺旋階段。

暗闇に浮かぶ燭台。
灯った火は震える空気に揺れながら、その形を歪に変える。

細く高いヒールは居場所を知らせるためかと思うほど甲高く響く。


見つけて
見つけないで
探して
探さないで
捕らえて
放して
殺して
殺さないで


裏切り者の末路や行き先なんてものは、死ぬほど叩き込まれた。
大切にしていたものたちは全て捨てた国に置いてきた。
今、螺旋階段を駆け上がるあたしの手には何もない。
この体が持つものは暗殺の技術と、捨ててきたはずの心。

響く怒号を背中で聞く。
背筋を嫌な汗が伝っていく。
今までに聞いたことのないその響きに一瞬たじろいだ足を自分自身で叱咤しながら、息を切らせながら壁を伝ってただ長く続く階段を上がる。
もっと高く、もっと自由な場所へ。

目を閉じれば思い出してしまいそうだった。
熱い吐息も柔らかい唇も広い背中も優しい指先も纏う空気も、全部。

ずっと傍にあると思っていた。
ずっと傍にあると思い込んでいた。
ずっと傍にあると思い続けていたかった。

行き場のない慟哭をいっそ燃やしてしまえたら。
水に沈めてしまえたら。


『いつ、お前の心は俺から離れた』

『言ってる意味が、わからない、』

『どうしてボンゴレを裏切るような真似をした』


あたしを捉えた視線は微動だにしなかった。
それどころか捉えた視線から、あたしの体に標的を埋め込んでいるかのよう。
うまく息ができない、震える唇は話すことを放棄する。
握り締めた両手の拳。
愛用してたはずの銃は、いつの間にかあたしの手元にはなくなっていた。


『最初から、あたしの心はあなたの元になかった』

『ハ、俺と抱き合っておいて?』

『だって、あなたは殺したもの』

『…何の話だ』

『あたしの親を、殺したもの』


ボンゴレファミリー・若獅子。
マフィア界で名を知られる彼の唯一の失敗。
誤ってターゲット以外の人間を殺してしまったこと。
そして、その事実を隠蔽したこと。


『お前、あの時の』

『あなたは一生、罪を背負って生きていくのよ』

『復讐の為にわざわざ俺と関係を持ったのか?』

『あたしの復讐はこんなものじゃない。いつか、』

『愛してるって、言っただろう…!』

『あなたに子供ができたら、目の前で殺してあげる』


愛してる。
愛してる。
愛してた。

何を愛しているのか。
何を愛していたのか。

あたしが愛していたのは最後まで、自分自身だけだった。







墜ちる






星は変わらず瞬くというのに、月は変わらず輝くというのに、
あたしの傍にはあなたがいない。
ただそれだけのことなのに。

それだけで、世界は形を変えてしまう。

踏み外した螺旋階段。
脱げたヒールがシンデレラのガラスの靴ならよかった。
反転する世界。
揺らめく裾がドレスならよかった。


探して
見つけて
捕らえて
殺して


『俺の子供は、お前との子供だって決めてたよ』


もう二度と、あたしのことを思い出さないで。




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