空気は相変わらず冷たい。刺すような冷気が容赦なく風に乗って俺たちを攻撃する。


「…用ってなんだ、どうした?」


目の前で白いマフラーに鼻まで埋めたなまえが、目だけで俺を見る。
この寒い時期の寒い時間に海に連れてってなんてバカげてる。
それでもなまえの表情に見えた陰りに負けて、深夜2時、車を走らせたのだ。


「…大丈夫。すぐ済みますから」


街灯のない暗闇で波の音が高く低く響いている。
車のヘッドライトだけが俺たちを照らす。
なまえの声はかき消されることなく、マフラーの中でくぐもった。


「…私、親方様が好きです」


なまえの瞳が細められる。
…予期はしていた。だからこそ距離をとっていたし、なまえもそれを感じたのか俺から距離を取るようになった。
淋しいと感じたこともあるが、それ以上になまえを傷付ける道を選びたくはなかった。


「気持ちは嬉しいが、奈々がいっからな」


日本には妻がいるし、息子だっている。
なんだってなまえはこんなジジィがいいんだか知らねぇが、


「あたしは、っ…親方様があたしじゃダメな理由が知りたいんです!」


そこで思考が遮断された。驚きになまえを見ればなまえは真直ぐに俺を捕らえている。
そんな目で見るな、と手で覆いたい衝動に駆られる。

なまえじゃ、ダメな理由。


「…俺は奈々を愛してんだ」


なまえの口許、マフラーの隙間から大きな白い吐息がこぼれた。


「…ありがとう、ございます」


なまえの瞳を見つめる。その瞳に落胆はさほど見られない。最初からわかっていたんだろう。なまえの視線は揺らぐことなく、しかしどこかホッとしたようにすら見える。


「…うし、帰っか」

「いえ…私はもう少しだけここに」


瞳は揺らがない。
それでもきっと、一人になって泣くんだろう?

…そう思ったら、胸の奥がざわついた。


「!親方さ…」


後は衝動。無意識になまえの腕を掴んで引き寄せ、マフラーを掻い潜って唇を塞ぐ。

んぅ、と聞こえるくぐもった声にもっと深く、となまえの後頭部を更に押し付けて舌をねじ込んだ。


そして、
なまえの舌は最後まで俺に応えず、俺たちの間でちゅ、と音がして唇が離れる。


「…悪い」


なまえは口を抑えて呆然としている。その瞳は、熱っぽく変化している。


「そりゃそうだよな、応えてくれるわけねーか」

「ちが!わたし、は、初めてで、」

「!」


改めてなまえを見る。しかしなまえはとうとう俯いて、俺を見ようとはしない。


「顔、あげてくれ」

「…だめ、です。絶対顔あかい」

「いいから」


なまえがゆっくり顔をあげる。瞳が潤んでいる理由が知りたい。


「…なまえ、」

「は、い」

「俺に任せて、応えてくれりゃいいから」

「どういう、」


もう一度なまえの後頭部を引き寄せる。


波の音は 聞こえない。






感情論



必死に俺の口腔内を這うなまえの小さな舌。
小さく噛み付けば、かわいらしい悲鳴が聞こえた。




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