今日も朝から雨が降っていた。
正確には昨日から、もっと正確に言うなら、昨日の朝からずっと降り続いている。

教師は車で通勤できる。しかし生徒はそういうわけにはいかない。中には車で送ってもらう生徒もいるけど、大半は靴下やローファーや制服を濡らして、傘を差して通学する。


「…桂くん、急がないと遅刻よ」

「…先生」


昨日出張から戻ってきた私に与えられた半休。午前を休むか午後を休むか真剣に考えた結果、私は午後を休むことにした。
学校から最寄りの駅までは徒歩で30分。今から走ればギリギリで間に合う時間だけど、この天気じゃ生憎走る気にはならないだろう。

桂くんが歩く歩道に車を寄せて、濡れる制服を見つめる。
スラックスの裾はぐっしょりとしとどに濡れ、色も変わっている。


「雨の日は、静かです」

「……そうね」


桂くんは車の中でハンドルを握る私を少しの間見つめた後、足を踏み出す。


「桂くん、乗っていく?」

「いいんですか?」


どうぞと口にするより早く車に乗り込んだ桂くんは、どことなく物憂げに見える。


「何かあった?」

「いえ、驚いていたんです」

「驚いていた?」

「はい」


長い黒髪が艶やかに、水分をたっぷりと吸い込んで滑らかに重そうに揺れる。その度にぽたりぽたりとシートの上に水滴が落ちていく。
私は時計を目にして、車を走らせた。


「先生のせいだ」

「……なにが、」


車を走らせること10分弱。ようやっと到着した学校敷地内の駐車場。到着するまでの間ただ静かに窓の外を見つめていた桂くんが、やっと口を開く。クラスで見るのと全く違う、酷く大人びた表情だった。


「"かずかずに思ひ思はず問ひがたみ身をしる雨は降りぞまされる"」

「…伊勢物語?」


唐突に、桂くんの口から零れたのは有名すぎるほどの古典文学だった。私は3Zで古典を教えているけれど、まさか桂くんが伊勢物語の一説を覚えているなんて思っていなかった。


「先生は、"雨"は"涙"と言いました」

「あぁ、そう、ね。でも人に依って解釈は様々、だから」


ダッシュボードの上の時計が、あと5分で始業だと告げてくる。けれど桂くんは静かに瞼を伏せて、私に視線を寄越した。


「この雨は、俺の身の程も教えてくれるでしょうか」

「かつら、くん?」

「俺は、子供じゃないんだ」








囚われたおはなし






―俺は、この歌を詠んで先生が来てくれることを望みます

―…もう、今日はこのままサボっちゃおうか、なんてね




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